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『原論』天幕のジャードゥーガルでシタラが取り返そうとする本はどんな本?

『天幕のジャードゥーガル』で物語の重要な品として登場する一冊の本、『原論(げんろん)』について紹介。

『天幕のジャードゥーガル』では『原論』は物語の鍵になる重要な本として扱われ、主人公のシタラが育ての親であるファーティマを失ったときに奪われました。シタラにとっては大切な思い出の品で、モンゴルから奪いかえそうとします。

『原論』は古代ギリシアで生まれた実在の数学書です。なぜ13世紀のイランにこの本があり、シタラにとって大切な存在なのか紹介します。

 

この記事で分かること

  • 『原論』に書かれている数学の内容と全13巻の特徴
  • 古代ギリシアの書物がイスラム世界へ伝わった経緯
  • 写本だった『原論』が当時どれほど貴重だったのか
  • シタラやソルコクタニにとって『原論』が持つ意味

 

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『原論』とはどんな本?

  • 本の名前:『原論』 ※英語では『Elements』と呼ばれています。
  • 著者:エウクレイデス(日本ではユークリッドという名前で知られています)
  • 成立時期:紀元前300年ごろ
  • 構成:全13巻
  • 主な内容:点や線、角、三角形、円などの幾何学、数の性質や比例、素数、立体など。

 

原論

原論

 

古代ギリシアで生まれた数学の基本書

『原論』は古代ギリシアの数学者であるエウクレイデスが、それまでの数学の知識をまとめた数学書です。

この本の中身は全13巻からできていて、点や線、角、三角形、円といった図形の性質を中心としながら、数の性質や比例、素数、立体についても扱っています。私たちが学校の数学で学ぶ内容の中にも、三角形や平行線の性質、素数に関する考え方など、『原論』につながる考え方があります。現代の数学と同じ形ではありませんが、後の数学教育に大きな影響を与えたと考えられています。

古代地中海世界では、著者のエウクレイデスとほぼ同時代に生きたアルキメデスやアポロニオスが、早くもこの本を受け入れました。その後も多くの知識人たちに読み継がれていったようです。

特にプロクロスという人物が書いた『原論』第1巻の注釈書は重要です。『原論』自体には序文がないため、この注釈書が序文のような役割を果たしており、エウデモスが書いた『幾何学史』の抜粋も含まれているため、現代でも貴重な歴史資料となっています。

その後、テオンという人物が『原論』に加筆や改変を施した改訂版を作りました。現在に残っている古い写本の大半は、この「テオン版」を元にしているようです。

 

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特徴は答えではなく「証明する方法」

『原論』が後世まで読み継がれた理由は、数学の答えだけを紹介した本ではなかったからです。

この本では、最初に言葉の意味や前提を定めます。そして、そこから筋道を立てて結論を導く仕組みになっています。「なぜその答えになるのか」を、誰でも確認できる形で説明しているのですね。

たとえば、ある図形の性質を説明するときには、すでに認められている前提を使いながら、ひとつずつ理由を積み重ねていきます。この方法は数学だけに使われたわけではなく、物事を感覚だけで判断せず、根拠をもとに考える方法にもつながりました。知恵や計算によって困難を乗り越えようとするシタラの姿とも、よく重なる本だと言えます。

 

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なぜ13世紀のイランに『原論』があったのか?

『原論』は古代ギリシアで作られた本です。やがてアラビア語に翻訳されイスラム世界へ伝わりました。

中世のイスラム黄金期には、他のギリシア古典とともにアラビア語に翻訳され、アラビア数学の発展に貢献しました。この本を受け入れた人物として、アル=ハッジャージ、イスハーク・イブン・フナイン、サービト・イブン・クッラ、アン=ナイリーズィー、アッ=ディミシュキー、ナズィーフ・イブン・ユムン、イブン・アブダルバーキー、トゥースィーといった学者たちの名前が挙げられます。

このように8世紀以降のイスラム世界では、ギリシア語の学術書をアラビア語に翻訳する活動が盛んになり、医学、哲学、天文学、数学などの本が翻訳されて『原論』にも複数のアラビア語訳が作られました。

そのため、13世紀のイランで学問をする人物が『原論』を読んでいても不自然ではありません。

当時のイランを含むイスラム世界では天体観測や暦の作成、土地の測量、建築などに数学が必要だったため、数学や天文学の研究が盛んでした。

『原論』は、そうした学問を学ぶうえで基本となる本のひとつだったのですね。

モンゴルでも読まれていた

また、歴史上の記録によると、モンゴル帝国の4代皇帝であるモンケは弟のフレグが西へ遠征している最中に『原論』を愛読していたとされています。

どのようないきさつで入手したのかは不明ですが、実際にモンゴルにも『原論』があったのです。

 

当時の『原論』は貴重な写本だった

『天幕のジャードゥーガル』の時代には、現在のように本を大量に印刷することはできませんでした。本は人の手で一文字ずつ書き写されていました。

とくに『原論』には、文章だけでなく図形も載っています。図形の線の位置や角度を正確に写さなければ、数学の内容が正しく伝わりません。一冊を完成させるだけでも、多くの時間と技術が必要でした。

15世紀よりも前の時代、たとえば1世紀ごろに書かれて19世紀に出土した『原論』のパピルス写本の断片(オクシリンコス・パピルス)があります。ここには第2巻の命題5に添えられた図が残っており、これは『原論』の現存最古の図とされています。

このように、当時は人の手で図形ごと書き写して本を残していました。そのため、ファーティマの家にあった『原論』は、簡単に買い直せる本ではなかったと考えられます。

学問を受け継ぐための財産で、ファーティマの知識や生き方が残された品でもあったのでしょう。

 

シタラにとっての『原論』の意味

ファーティマの形見として

シタラにとって『原論』は、学問を学ぶための本であると同時に、ファーティマの形見です。ファーティマはシタラに知識を与え、考えることの面白さを教えました。シタラが『原論』を見れば、ファーティマと過ごした時間や、学問を教わった日々を思い出すはずです。

ところが、モンゴル軍の襲撃によってファーティマは命を奪われ、『原論』も持ち去られました。シタラが本を取り戻しようとするのは、高価な本を取り返したいからだけではなく、ファーティマが残したものを征服者の手から取り戻したいという思いがあるのでしょう。

奪われた故郷と知識の象徴

モンゴル軍の襲撃によってシタラが失ったものは、家族や家だけではありません。ファーティマから学ぶはずだった時間や、故郷に受け継がれていた知識も失われました。『原論』は、そうした失われたものを一冊で表しています。

本を奪われるという出来事には、知識を持つ者が誰なのかという問題も含まれています。征服した側が書物を持ち去れば、征服された側は自分たちが受け継いできた学問に触れにくくなります。一方で、持ち去られた本が新しい土地で読まれれば、知識そのものは別の場所へ伝わっていきます。『天幕のジャードゥーガル』では、『原論』を通して、征服によって知識の持ち主や使われる場所が変わっていく様子も描かれているのですね。

シタラの生き方を表す武器

シタラにはモンゴル帝国の兵士たちと正面から戦えるほどの軍事力はありません。彼女が頼るのは、ファーティマから学んだ知識や、物事を考える力です。

『原論』では、決められた前提から理由を積み重ねて答えを導きます。シタラもまた、目の前の人物の性格や立場を見ながら、自分が生き残るための方法を考えます。力で相手を従わせるモンゴル帝国に対し、シタラは知識と言葉を使って自分の居場所を作ろうとします。『原論』は、そんなシタラの生き方を表す本でもあるのでしょう。

ソルコクタニが求めた理由

作中で『原論』が奪われた背景には、トルイの妻ソルコクタニの存在があります。ソルコクタニは書物や学問に価値があることを理解していました。

モンゴル帝国は広大な地域を征服しましたが、国を治めるには軍事力だけでは足りません。税を集め、暦を作り、土地を測り、都市を運営するには、各地の知識を持つ人々が必要です。

そのため、征服地から学者や技術者、書物を集めることには、帝国を運営するうえで大きな意味がありました。ソルコクタニが『原論』を求めたのも、珍しい本を集めたかっただけではなく数学の知識が役立つと考えていたからかもしれません。

ソルコクタニが知識を求め、出版事業に力を注いだのは事実ですが、トルイに言論を持ってくるように言ったという記録はありません。また史実のファーティマが言論の所有者と関係がある、言論を理解していたという記録もありません。物語の設定です。

 

まとめ

『天幕のジャードゥーガル』に登場する『原論』は実在する書物です。古代ギリシアで生まれ、イスラム世界に伝わり、さまざまな地域の学者に読まれてきました。

シタラが暮らしていた13世紀のイランは、古代ギリシアの知識がイスラム世界で受け継がれていた時代ですから、こうした歴史的な背景が作品の設定に取り入れられているのは面白いですね。

この本はとても貴重な名もなのですけれど。シタラにとってはそれ以上の意味があります。シタラがこの本を取り戻そうとするのは一冊の本を取り返すためだけではなく、ファーティマから受け継いだ知識と、自分が何者なのかを取り戻すための戦いのように見えますね。

 

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この記事を書いた人

歴史ブロガー・フミヤ

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京都在住。2017年から歴史ブログを運営し、これまでに1500本以上の記事を執筆。50本以上の中国歴史ドラマを視聴し、史実とドラマの違いを正史(『二十四史』『資治通鑑』など)に基づき初心者にもわかりやすく解説しています。

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