シラは13世紀のモンゴル帝国で有力者カダクに仕えファーティマ・ハトゥンを呪術で告発した男です。
『天幕のジャードゥーガル』に登場するシラとは、名前や出身地などいくつかの共通点があります。
この記事では史実のシラの立場と最期、劇中のシラのモデルと考えられる理由を紹介します。
この記事で分かること
- シラがファーティマを呪術で告発した経緯
- 『天幕のジャードゥーガル』のシラとの共通点とモデル
- 「アラヴィー・サマルカンディー・シラ」が意味する呼び名
- シラ自身も同じ嫌疑で処刑された壮絶な最期
シラのモデルはアリの末裔サマルカンドのシラ?
『天幕のジャードゥーガル』に登場するサマルカンド出身の少年はシラはモンゴル軍の徴発兵として連行されました。
でも前線行きを逃れるために必死で言葉を覚え、通訳の座を掴み取った逞しいキャラクターです。捕らわれたことに嘆き悲しむどころか、モンゴル王族に近づいて出世する機会に変えようとします。野心的で逞しい人物の印象を受けますね。
シラは「能力さえあれば出自に関係なく上がっていける」と信じ、主人公シタラ(ファーティマ)にも高貴な名前や血筋を装って生き抜き、地位を得るよう勧めます。
このシラは実在した人物なのでしょうか?
公式にモデルだと明言されているわけではありませんが、実はモンゴル帝国の史料には「天幕のジャードゥーガル」のシラとよく似た人物が登場します。
それがのちにファーティマ・ハトゥンを呪術の罪で告発した「サマルカンド出身のシラ」です。
史実のシラとの共通点
作中のシラと史実の人物には、見過ごせない大きな共通点が2つあります。
- 名前が「シラ」であること
- どちらも「サマルカンド出身」とされている
名前と出身地が完全に一致しています。これはただの偶然とは考えにくいですね。作者がキャラクターを作るときに、史実に残るシラを参考にした可能性はあるのではないでしょうか。
シラの描かれ方をみると史実のシラを参考にしたのではないかと思える部分もあります。
「高貴な血筋」を利用する考え方
史実のシラは「サマルカンド出身のアリー裔」と書かれています。
イスラム第4代正統カリフ(最高指導者)アリーの子孫という意味です。
でも彼が本当にアリーの子孫だったのか、あるいは周囲を納得させるために自称していただけなのかは不明です。
劇中のシラも「王族や権力者に近づくには、高貴な血筋を名乗った方が有利だ」と考え、シタラにも自分の価値を高めるために名前や出自を工夫するようアドバイスしていました。
史料に残る「アリー裔のシラ」という短い記述から、「身分や血筋すら利用して成り上がろうとする人物像」へと膨らませて描いているのだとしたら面白い演出だと思います。
権力者へ近づくハングリー精神
劇中のシラは征服された側の者ですが語学や知識を武器にして支配者側に喰い込もうとしています。他人の知識や人間関係すら利用して這い上がろうとする姿には強烈なハングリー精神が感じられますね。
史実のシラは第3代皇帝グユクの側近となった有力者カダクに「酌人(給仕役)」として仕えていました。
サマルカンドという征服された側の人物ですが王族の側近に仕える立場になりました。そうして政治の中枢へ近づき、やがてファーティマを告発して連行まで主導することになります。
史実のシラがどのような野心や意図を持っていたのかまでは記録されていません。ですが、有力者の側近になって皇帝側の人間としてファーティマ排除のために動いたという史実のシラの生き方は、劇中のシラの野心的な生き様とつながっているように思えます。
ただし現時点では公式から史実のシラがモデルと発表されているわけではありません。あくまで記録の共通点から読み解ける範囲での想像です。
シラの史実:サマルカンド出身のアリー末裔とされる男
つぎにシラのモデルとして紹介した歴史上のサマルカンド出身のシラについて詳しく紹介します。
とはいえ、歴史の記録にもシラのことは詳しくは書かれていません。
シラはサマルカンド出身
シラは13世紀のモンゴル帝国でグユクの側近カダクに仕えていた男です。ジュヴァイニーの『世界征服者の歴史』やラシードゥッディーンの『集史』といった史料に登場します。
3代皇帝 グユクの養育や教育に関わった人物です。グユクが皇帝になる前から身近に仕え、即位後も側近として活動しました。チンカイとともに皇帝グユクを支えました。
英訳資料では「An ‘Alid from Samarqand called Shira(サマルカンド出身で、アリーの子孫とされるシラ)」と書かれています。
名前が「シラ」、出身地を表す称号が「サマルカンディー」、そしてイスラムの第4代正統カリフ・アリーの血筋を意味する「アリー裔(アラヴィー)」です。つまり「アラヴィー・サマルカンディー・シラ」という一続きの名前だったわけではありません。
日本語で紹介するなら「サマルカンド出身でアリーの子孫とされるシラ」となるでしょう。ただし、彼が本当にアリーの血を引いていたのか、自称だったのかは分かっていません。
シラはカダクの酌人だった
シラが仕えていたカダクはグユクの即位で権力を振るった重臣です。シラはそのカダクのもとで「酌人(しゃくんど)」を務めていました。
酌人は宴席で酒を注ぐ役目ですが、主人のすぐ近くで働くため深い信頼を得た人物が任されるポジションでもありました。
シラ自身が帝国の高官だった記録はありません。従者だったのか奴隷だったのかも不明です。でもグユクを支える政権中枢に近い場所にいたことは確かです。
ファーティマを呪術で告発
シラが歴史の記録に登場するのは主にファーティマ・ハトゥンとのかかわりです。
ファーティマ・ハトゥンはモンゴル帝国の宮廷で強い影響力を持った女性でした。第2代皇帝オゴデイの死後に実権を握ったトレゲネ・ハトゥンに仕え政治にも深くかかわりました。
しかし第3代皇帝グユクが即位すると皇子コデンに呪術をかけた疑いを向けられ処刑されてしまいます。
ファーティマの告発を最初に口にしたのが、サマルカンド出身のシラなのです。
ファーティマへの告発と身柄拘束
オゴデイの皇子コデンが病に倒れた際、シラは「これはファーティマの呪術によるものだ」と訴え出ました。
チベット方面を統治し大きな勢力を持っていたコデンも「自分が病気になったのはファーティマの呪いのせいだ。もし自分に何かあったら仇をとってほしい」と手紙を出して亡くなったと言います。
グユクは即位するとドレゲネによって遠ざけられていた重臣たちを呼び戻し、母トレゲネに対して側近ファーティマを引き渡すよう要求します。トレゲネは拒否してかばおうとしましたが、グユクはシラに強制連行を命じました。
シラは告発しただけでなく、彼女の逮捕にも直接関わったのです。
連行されたファーティマは過酷な拷問を受け、コデンに呪術をかけたことを認めさせられた末、川へ投げ込まれて処刑されました。
もちろん自白は拷問によるものです。ファーティマが実際に呪術を使った証拠はなく、グユクが母トレゲネ派の政治的影響力を削ぐために、この疑惑を利用したと考えられています。
逆転した立場と因果応報の結末
ファーティマを追い詰めたシラですが、彼自身も安泰ではいられませんでした。
1248年にグユクが死去すると、次の皇帝をめぐる激しい政治闘争が始まります。グユクに押さえつけられていたトルイ派の巻き返しが始まりました。
なんと、アリー・ホージャという男が「シラがグユクの息子に呪術をかけている」と告発したのです。
かつてファーティマに向けた疑いがそのまま自分に返ってきました。シラは捕らえられて2年近くも拷問を受け続け、絶望のなかで行ってもいない罪を認めます。
そして1250〜1251年ごろ、シラは自分が告発したファーティマと全く同じように川へ投げ込まれて処刑されました。彼の妻や子どもたちも殺害されています。
シラが仕えたカダクやチンカイもグユク派とみなされて処刑されています。
さらに恐ろしいことに、シラを告発したアリー・ホージャも、次の第4代皇帝モンケの時代に同じく呪術の疑いをかけられ、暴行を受けて凄惨な最後を遂げました。
史家ジュヴァイニーはこの一連の事件を「因果応報の物語」として描いています。
しかし現実には、皇帝が代わるたびに前政権の側近を排除するための「口実」として、呪術の疑いが使われていたのでしょう。
コデンの死亡時期についての謎
ちなみに、この事件にはひとつ謎があります。
史料では「コデンの病死後にファーティマが処刑された」と読める内容になっていますが別の記録ではコデンは1251年のモンケ即位時や、1253年まで生きていたとする説もあります。
コデンの病気と告発があったこと自体は事実ですが、コデンが死んだからシラが告発したとは言えないかもしれません。
グユクはドレゲネ派を排除しようとしました。コデンはグユクとも親しい人物でした。二人はドレゲネ派排除のために協力して口実を作ったのかもしれませんね。
まとめ
作中の少年シラには、史実のシラと「名前」「出身地」、そして「血筋や立場を利用して出世を目指す姿勢」という共通点があります。
少年時代の捕虜経験や通訳としての活躍などは作品オリジナルの描写と考えられますが、史実に残るわずかな記録をベースにして、魅力的なキャラクターへ昇華させていることが分かります。
シラは最後まで自らの出世を優先してグユク側につき、シタラを追い詰める存在になるのか。それともフィクションならではの異なる道を歩むのか。史実との対比も含めて、今後の展開から目が離せません。
シラはシタラ(ファーティマ)の敵になるのか?
もし「天幕のジャードゥーガル」が史実通りの展開を辿るのだとすれば、シラはやがてシタラの敵になるはずです。
史実ではオゴデイの皇子コデンが病に倒れた際、シラが「ファーティマの呪術によるものだ」と訴え出ました。これによってファーティマは捕らえられ拷問の末に処刑されることになります。
序盤の二人は遠方から連れてこられた仲間でシラがシタラの才能を見抜いて王族へ引き合わせた経緯があります。アニメでは今のところは協力関係にある二人ですが。
原作漫画6巻では二人の間に微妙な意識のずれが出てきています。シラはファーティマがモンゴルで出世を望んでいると考え協力してきました。
でもシラはファーティマがモンゴルへの復讐を望んでいるのではないかと気づき始めています。
この後、二人は宮廷内の過酷な権力争いに巻き込まれていくのでしょうか?そして本当に対立していくことになるのでしょうか?
史実を知っていると、二人の関係性の変化がより一層ドラマチックに感じられるのではないでしょうか。
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