三国志 司馬懿 軍師連盟 81・82・83話では、長年病を装っていた司馬懿がついに決起し、魏の覇権をめぐる政変が幕を開けます。
クーデターから衝撃の結末までを歴史の記録との違いも交えて紹介します。
司馬懿 軍師連盟 80~82話の内容
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第80話:病死を装って曹爽らの警戒を誘った司馬懿が、敵が都を離れた隙を突いて武器庫を急襲し、洛陽の完全制圧に成功する。
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第81話:洛陽を占拠された曹爽は、皇帝を連れて反撃する道を選ばず、家族の安全と引き換えに兵権を返上して降伏する。
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第82話:司馬昭の容赦ない策略によって曹爽一派の罪状が固められ、何晏を含む関係者とその三族全員が処刑される。
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司馬懿 軍師連盟 あらすじリスト
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司馬懿 軍師連盟 80話 司馬懿、覚醒す
あらすじ 80話
曹爽の油断と李勝の偵察
西暦249年、曹爽は皇帝とともに明帝の墓がある高平陵へ向かいました。何晏は司馬懿を警戒して洛陽を守ります。
荊州刺史の李勝は赴任前に司馬懿の邸宅を訪ねました。司馬懿は目がかすみ、耳も遠くなったふりをして死期が迫っているように見せかけます。
李勝からこの報告を受けた曹爽たちは司馬懿への警戒を完全に緩めてしまいました。
司馬懿の挙兵
曹爽の一行が洛陽を離れた直後、司馬懿は蒋済らを集めて政変の計画を実行に移します。司馬懿は兵を率いて洛陽の武器庫を急襲しました。何晏が配置した兵たちは司馬懿の軍勢の勢いに負けてろくな抵抗ができません。司馬懿は武器庫を占拠するのでした。
司馬師の皇宮包囲と司馬昭の令旨獲得
同じ頃、長男の司馬師は私兵を率いて皇宮を包囲、中枢を制圧しました。次男の司馬昭は郭太后のもとへ赴き曹爽の職を罷免する旨の令旨を手に入れます。
これにより司馬一族は、洛陽の完全な制圧に成功したのでした。
注目点:高平陵の変は司馬氏が魏の覇権を握る転機
ドラマ第80話ではいよいよ正始10年(西暦249年)に起きた高平陵(こうへいりょう)の変が描かれます。
時の権力者・曹爽が皇帝 曹芳とともに高平陵へ参拝に出向いた隙を狙いって司馬懿が都の洛陽で決起。郭太后の令を利用して曹爽兄弟を失脚させた鮮やかなクーデターです。
曹爽は名将・曹真の息子であ皇族の血筋に近い立場。司馬懿は長年国家を支えてきた重臣です。曹爽が政権を独占したため司馬懿は一度病気を装って表舞台から身を引きましたが、その間に準備を整えていました。そして曹爽が都を離れた隙を突いたのです。
この政変の経緯は、陳寿の『三国志・魏書三少帝紀』や、司馬懿の事績を記した『晋書・宣帝紀』、『資治通鑑』などで詳しく知ることができます。
ドラマの大枠は史実に近いですが三千の私兵への演説や柏霊筠との会話などは脚色です。
司馬懿 軍師連盟 81話 洛陽占拠
あらすじ 81話
司馬懿の条件提示と蒋済の使者派遣
司馬懿は洛陽を制圧した後、洛水を指さして曹爽が降伏すれば命と爵位を保証し、兵権のみを剥奪すると宣言します。司馬懿はこの誓いをもとに、曹爽の旧知の臣である蒋済を使者として曹爽のもとへ派遣しました。
曹爽の迷いと許都遷都案の拒絶
高平陵で洛陽占拠の知らせを受けた曹爽は驚愕します。側近の丁謐は皇帝の曹芳を連れて許都へ移動し、各地から兵を集めて反撃することを提案しました。しかし曹爽は司馬懿への恐怖と、洛陽に残された妻子や諸将の家族の安全を理由に決断できません。
家族の文と曹爽の降伏
大司農の桓範が洛陽を脱出して曹爽に合流し、司馬懿の兵力が手薄であるため今戦えば勝てると進言します。しかし司馬懿の策略により、司馬昭は何晏に、司馬孚は曹爽の妻である蒹葭に降伏を勧める文を書かせて曹爽に届けました。家族の身を案じる曹爽は涙を流し、ついに兵権を返上して降伏することを選択します。
注目:高平陵の変で曹爽が負けた理由
当時の曹爽は幼い皇帝・曹芳ととも行動をともにしていましたが。司馬懿は都を離れた隙に洛陽を占拠して郭太后の命令を使って曹爽兄弟を解任しました。
でもこの時点では曹爽の手元にはまだ「皇帝」という最大の切り札が残されていました。もし許都へ移り、皇帝の詔として各地から兵を集めていれば、十分に戦う道は残されていたのです。
それにもかかわらず、曹爽は戦わずに降伏を選びました。『三国志・魏書三少帝紀』や『資治通鑑』には、臣下の桓範が曹爽へ挙兵を必死に勧めたものの、断られたとか書かれています。
曹爽は「官職を失っても、一介の富豪として暮らせるならそれでいい」と考えたと伝えられています。ドラマで家族からの手紙に心を揺さぶられる描写は演出ですが、「命までは取られないだろう」と見込んで降伏した点は、史実に沿った描写と言えます。
でもこの甘い判断で曹爽はすべての兵権を失いました。魏の皇室を守るべき曹氏の権力基盤はここで叩き潰され、司馬懿は奪い取った権限を司馬家とその協力者たちへと移していくことになります。
戦場で大軍が激突したわけではありませんが、魏の政治的な争いはこの曹爽の選択によって事実上決まったといってもいいでしょう。
司馬懿 軍師連盟 82話 裏切りの代償
あらすじ 82話
司馬昭の謀略と何晏の利用
司馬昭と鍾会は、降伏した曹爽を生かすことで起こる反撃を恐れます。司馬昭は曹爽の側近だった何晏を呼び出し、廷尉の職を提示して曹爽一派を裁くよう命じました。何晏は自身の命を守るために引き受け、曹爽が謀反を企てたという書面を完成させます。しかし、審理が終わると司馬昭は何晏を裏切り、曹爽の一味として投獄しました。
夏侯徽殺害の転嫁と百官の協議
司馬昭は兄の司馬師の怒りを曹爽へ向けるため、かつて夏侯徽を殺したのは曹爽だと偽りの事実を伝えます。動揺した司馬師は曹爽の逮捕を命じました。司馬懿は百官を集めて曹爽の処分を協議させます。蔣済や司馬孚、皇帝の曹芳は曹爽の助命を訴えましたが、司馬家側の意を汲んだ百官は三族の処刑を強く主張しました。
聖旨の強要と三族の処刑
抗いきれない曹芳は、曹爽を三族もろとも処刑する聖旨を出します。この処分は曹爽の近い勢力にも及び、夏侯玄は兵権を奪われました。刑場には曹爽の三歳になる幼い息子も連行されます。司馬孚は子どもだけでも助けるよう司馬懿に懇願しましたが、司馬懿は将来の禍根を断つためにこれを拒否し、曹爽の血筋を絶やす決断を下しました。
注目点:曹爽処刑は史実通りだが、何晏の「使い方」は脚色
ドラマ第82話で描かれた曹爽派の処刑は史実どおりです。
正始10年(西暦249年)、司馬懿に降伏した曹爽をはじめ、何晏、丁謐、鄧颺、李勝、桓範らは、まもなく謀反の罪に問われて処刑されました。
でも何晏の描かれ方は、ドラマでは脚色されています。何晏は生き残るためにいったん廷尉(裁判官)になって仲間だった曹爽派を糾問・告発、その役目を終えた途端に自分も罪人として引き立てられていきます。
仲間を売って使い捨てにされるという流れは史実そのままではありません。
実際の何晏は魏の宗室とも血縁関係が深く、当時の知識人の間で流行した「清談:哲学的な議論)」の代表格として名のしれた名士でした。『老子』や『論語』の注釈書を著すなど、優れた文化人として歴史に名を残しています。
でも同時に曹爽政権の中枢を担う権力者でもあったため、政変のあおりをまともに受けて命を落とすことになりました。
司馬昭が何晏の手を血で汚させ、用済みになれば即座に処刑するという残酷な手順をいれたのは、ドラマが曹爽派のあっけない崩壊を描くだけでなく、司馬家がもう後戻りのできない冷酷な領域へと突き進んだことを表現したかったのでしょう。
三国志 司馬懿 主要人物一覧
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司馬懿(魏の重臣)
病の芝居で敵を欺いてクーデターを成功させ、魏の全権力を掌握する。 -
曹爽(魏の皇族・権力者)
司馬懿の奇襲に動揺し、富豪として生き残る道を選んで降伏するが、約束を反故にされ三族もろとも処刑される。 -
司馬昭(司馬懿の次男)
何晏を利用して曹爽派を追い詰めた後、用済みとなった何晏をも罪人に仕立て上げる非情な謀略を主導する。 -
何晏(曹爽の側近・名士)
生き残るために仲間を告発する書面を書かされるが、最後は自身も曹爽の一味として刑死する。

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