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三国志 司馬懿 軍師連盟 61・62・63・64・65話 諸葛亮の罠と執念!司馬懿父子が窮地に陥る五丈原の戦い

三国志 司馬懿 軍師連盟 61・62・63・64・65話では、長きにわたる宿敵・諸葛亮との戦いが、ついにクライマックスを迎えます。功を焦った司馬昭の行動から魏軍は絶体絶命の罠にはまり、諸葛亮からの心理戦によって司馬懿の全軍が足止めを食らうことになります。

 

司馬懿 軍師連盟 61~65話の内容

  • 第61話:手柄を焦った司馬昭が諸葛亮の罠にはまり、上方谷の炎の中で司馬懿父子が絶体絶命の危機に陥るも、突然の豪雨に救われます。

  • 第62話:軍令を背いた司馬昭に司馬懿は猛烈な罰を下し、諸葛亮から届いた侮辱の女物の衣をあえて身にまとって挑発を退けます。

  • 第63話:敵前で出師表を朗読された諸葛亮が吐血して倒れる一方、魏の宮廷からは曹叡の圧力がかかり司馬懿は挟み撃ちの状況となります。

  • 第64話:諸葛亮が五丈原でついに息を引き取り、追撃に赴いた司馬懿は生きて見える諸葛亮の木像を前にして全軍を退却させます。

  • 第65話:諸葛亮の死を確信した司馬懿でしたが、完全な勝利を逃したことで曹叡から警戒され、家族を人質として洛陽へ引き離されます。

 

他のエピソードを見たい方は
司馬懿 軍師連盟 あらすじ ネタバレ一覧をご覧ください。

 

司馬懿 軍師連盟 あらすじリスト

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第61話あらすじ

第62話あらすじ

第63話あらすじ

第64話あらすじ

第65話あらすじ

 

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司馬懿 軍師連盟 61話 上方谷の戦い

あらすじ 61話

司馬昭が上方谷の兵糧を狙う

司馬昭は捕虜から蜀軍の兵糧が上方谷に隠されていると聞き出します。手柄を立てたい司馬昭は郭淮に兵糧奪取を持ちかけ魏軍を率いて上方谷へ向かいました。

魏延が魏軍を谷へ誘い込む

しかし兵糧の情報は諸葛亮が魏軍を動かすために用意した罠でした。魏延は司馬昭たちを谷の奥へ引き込みます。魏軍が逃げにくい場所まで進んだところで蜀軍は火を放ちました。

司馬懿父子が炎の中で追い詰められる

知らせを受けた司馬懿と司馬師も上方谷へ駆けつけますが、二人も炎の中に入り込みます。逃げ道を失った司馬懿は息子たちを助けられない状況に追い詰められ自害しようとしました。

亀と豪雨が司馬懿を救う

蜀の将が放った矢は司馬懿の胸を狙いますが、懐にいた亀が受け止めました。さらに突然の豪雨が火を消し魏の援軍も到着。司馬懿、司馬師、司馬昭は生きて戻ることができたのでした。

 

今回の注目点:上方谷の火攻めは史実ですか?

61話で描かれた上方谷の火攻めは正史「三国志」には書かれていません。この場面のもとになっているのは羅貫中の「三国志演義」に登場するエピソードです。三国志演義では諸葛亮が司馬懿を追い詰めますが、突然の雨で失敗します。ドラマはこの話を取り入れて、さらに司馬昭の功名心や司馬懿の父としての苦しみ、亀に救われた話を加えています。

このドラマでは司馬懿をかなり有能な智将として描いていますが、それでも息子が諸葛亮の策にはまり、死の目前まで追い込まれます。それでも生き残ることで司馬家が運(天)を味方にしているという演出になっているようです。

 

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司馬懿 軍師連盟 62話 孔明からの贈り物

あらすじ 62話

司馬懿が司馬昭に死刑を言い渡す

上方谷から軍営へ戻った司馬懿は、命令を無視して魏軍を危機にさらした司馬昭を処刑すると決めます。司馬師は処刑台で弟と死ぬ覚悟を示し、将兵たちも司馬昭の助命を求めました。

司馬師が鞭を握る

司馬懿は死刑を取りやめ司馬昭に鞭打ちを命じます。司馬昭は意識を失うまで打たれました。途中で司馬師が鞭を奪い自分の手で弟を罰します。司馬懿は全軍に出撃を禁じました。

諸葛亮が女物の衣を送る

蜀軍は魏軍を陣から出そうと罵声を浴びせますが、司馬懿は動きません。諸葛亮は女物の衣を送り、司馬懿を侮辱します。司馬懿は怒らず、将兵の前でその衣を身にまとい、蜀軍の挑発に乗りませんでした。

 

注目点:女物の衣は史実通りですか?

諸葛亮が司馬懿に女性用の装飾品を送った話は、歴史書にも書かれています。「晋書宣帝紀」には、諸葛亮が何度も挑戦しても司馬懿が出てこなかったため、女性用の頭巾や飾りを贈ったと記されています。「三国志明帝紀」に付けられた魏氏春秋の記述にも諸葛亮が司馬懿を怒らせるために女性用の装飾品を送った話が出てきますす。つまり、諸葛亮が司馬懿を挑発したというのは史料にもある話です。

ただし、ドラマのように司馬懿が衆目の前で女物の衣を着たという記録はありません。史料では司馬懿は怒って戦いを願い出ますが、魏の朝廷が持久策を命じて辛毗が出撃を止めたとされます。

ドラマはこの部分を変えて司馬懿が自分の意志で侮辱を受け入れ我慢する人物として描いています。また女物の衣を着るの恥を受けても兵を失わないという選択を表現しました。

 

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司馬懿 軍師連盟 63話 才知の攻防

あらすじ 63話

司馬懿が出師表を読み上げる

五丈原で魏軍と蜀軍は川を隔てて向き合います。司馬懿は女物の衣を着たまま、諸葛亮が劉禅に出した出師表を大声で読み上げました。諸葛亮は屈辱と疲労に耐えきれず、血を吐いて倒れます。

辟邪が十日以内の勝利を迫る

魏の軍営では司馬懿の行動を見た将兵の士気が下がります。そこへ曹叡の寵臣である辟邪が現れ、十日以内に勝利せよという聖旨を伝えました。さらに曹爽が長安へ向かっているとの知らせも届き、司馬懿は戦場と政争の両方に追われます。

張春華が司馬昭を連れて戻る

張春華は負傷した司馬昭を連れて軍営に戻ります。彼女は司馬昭を厳しく罰した司馬懿に詰め寄りました。司馬懿は父としての思いを抑え、軍を守る判断を優先します。

諸葛亮が姜維に後事を託す

諸葛亮は呉が敗れたという知らせを受けとります。魏を東西から挟む望みが薄れ、北伐の継続は難しくなりました。自分の死期を悟った諸葛亮は姜維に蜀の未来を託すのでした。

 

注目点:司馬懿による出師表の読み上げはなかった

出師表は、諸葛亮が北伐に出る前、蜀の皇帝劉禅に提出した上奏文です。劉備への恩、劉禅への忠告、魏を討つ覚悟が書かれています。だから司馬懿がそれを敵前で読むと、諸葛亮にとっては、自分が果たせないまま死に近づいている使命を突きつけられる形になります。出師表自体は陳寿の三国志などに収められた有名な文章です。でも後世の歴史書にあるからといって、敵国の司馬懿が知ってるとは限りません。

正史の「三国志諸葛亮伝」にある五丈原の記事では、諸葛亮は234年に五丈原で司馬懿と対陣して百日あまりの対峙のあと病に倒れて陣中で亡くなったと記されています。

司馬懿が出師表を読んで挑発したり諸葛亮がそれで喀血した、という話は出てきません。

史料にある近い話は司馬懿が蜀の使者から諸葛亮の生活ぶりを聞いたという逸話です。使者は諸葛亮が早朝から夜遅くまで働き、罰二十以上の案件まで自分で見ており、食事も少ないと答えました。それを聞いた司馬懿は、諸葛亮はもう長くないと判断します。

つまり、ドラマ第63話・第64話で使われた出師表朗読の場面は史実ではなく、諸葛亮が北伐に人生をかけていたことを視聴者に伝えるための脚色です。

 

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司馬懿 軍師連盟 64話 最後の対局

あらすじ 64話

司馬懿が囲碁を打たずに終える

司馬懿は諸葛亮と最後の囲碁に向かいます。しかし司馬懿は石を打たず、勝負を終わらせません。諸葛亮が語った依依東望という言葉が、司馬懿の頭から離れませんでした。

張春華が女物の衣を問い詰める

張春華は司馬懿が女物の衣を持っていたことに嫉妬します。司馬懿はその衣を身にまとい、諸葛亮の挑発に乗らなかった経緯を説明しました。張春華は夫の危うい立場を知り生死を共にすると誓います。

諸葛亮が五丈原で没する

諸葛亮は自分の最期が近いことを悟り、蜀軍に撤退の手順を残します。やがて五丈原で息を引き取り、蜀軍は遺言通りに陣を引き払いました。魏の曹叡は司馬懿に勝手な出撃を禁じます。

木像の諸葛亮に司馬懿が退く

司馬懿は諸葛亮の死を確信し蜀軍を追撃します。ところが撤退する蜀軍の中に、生きているように見える諸葛亮の木像が現れました。司馬懿は伏兵を疑い、魏軍を退かせました。

 

注目点:諸葛亮の五丈原での死は史実通り?

諸葛亮が五丈原で亡くなったことは「正史三国志」にも記録される史実です。234年、諸葛亮は第五次北伐で五丈原に陣を置き司馬懿と長く対峙しました。蜀は魏より国力が小さく遠征では兵糧の輸送が重い負担になります。諸葛亮は決戦を求めましたが、司馬懿は出撃を避けて蜀軍の疲れを待ちました。

第64話では諸葛亮が依依東望という言葉を残して姜維や蜀の未来を思いながら亡くなります。この言葉や囲碁の場面は史実ではありません。けれども諸葛亮が自分の死後に軍が混乱しないよう備えたという描き方は彼らしいといえます。史実でも諸葛亮は政治から軍事、補給を広く扱った人物として記録されています。

ドラマは諸葛亮の最期を名軍師の敗北ではなく、蜀を次の世代へ受け継がせる場面として演出していると言えます。

 

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司馬懿 軍師連盟 65話 死せる孔明、生ける仲達を走らす

あらすじ 65話

姜維が疑兵で追撃を止める

姜維は諸葛亮の遺策に従い、撤退する蜀軍に疑兵を配置しました。司馬懿は伏兵を警戒して追撃を止めます。蜀軍は大きな混乱を起こさず、漢中へ引き揚げました。

司馬懿が諸葛亮の死を知る

蜀軍が去った後、司馬懿は諸葛亮が本当に五丈原で亡くなっていたと知ります。司馬懿は勝ったはずですが、諸葛亮の死後の策に動きを封じられ、完全な勝利を得られませんでした。

曹叡が司馬家を洛陽へ呼ぶ

勝利の報は曹叡のもとへ届きます。しかし曹叡は司馬懿の功績を喜ぶよりも、その名声を恐れました。辟邪を通じ、司馬師と張春華を洛陽へ呼び寄せる命令を出します。司馬懿のもとには司馬昭だけが残りました。

陳群が郭照の前で涙を流す

洛陽では尚書令の陳群が太后の郭照に曹叡の暴走を止められない苦しさを打ち明けます。曹叡は重臣を殺し、実母を奪われた過去への怒りを周囲にぶつけていました。

 

注目点:死せる孔明、生ける仲達を走らすは史実ですか?

「死せる孔明、生ける仲達を走らす」という話は三国志演義で有名になった逸話です。諸葛亮の死後に撤退する蜀軍を司馬懿が追うと、諸葛亮が生きているように見える木像が現れます。司馬懿は伏兵を恐れて退きます。第64話は、この逸話を大きな見せ場にしています。

ただし正史の三国志では木像を見て司馬懿が逃げたという記事は確認できません。

とはいえ司馬懿が慎重に動いたこと自体は不自然ではありません。諸葛亮は生前から補給、陣地、撤退の手順を重視した人物として知られます。司馬懿から見れば諸葛亮が死後の罠を残している可能性を考えるのは当然です。

この逸話が長く語られた理由は諸葛亮の知恵が死後も司馬懿を動かしたように見えるからです。司馬懿が最後まで諸葛亮を恐れて彼の能力を認めていたことを示す場面です。諸葛亮は死に、司馬懿は生き残りましたが、この場面では勝ったはずの司馬懿が諸葛亮によって動きを封じられているのでした。

 

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三国志 司馬懿 主要人物一覧

  • 司馬懿(魏の各大都督)
    諸葛亮の知略に幾度も命を脅かされながらも、驚異的な忍耐と天の運で生き残り、宿敵の最期を見届けますが、その名声を恐れた曹叡によって政争の渦中へと引き戻されます。

  • 諸葛亮(蜀の宰相)
    上方谷での火攻めや衣による挑発で司馬懿を追い詰めるものの、病と疲労には勝てず、次世代の姜維に後事を託して五丈原の陣中で無念の死を遂げます。

  • 司馬昭(司馬懿の次男)
    独断で兵糧を奪おうとして上方谷の罠に飛び込み、軍を全滅寸前にしたことで父から激しい鞭打ちの刑に処され、瀕死の重傷を負います。

  • 司馬師(司馬懿の長男)
    上方谷で父弟と共に死を覚悟し、生還後は弟の助命のために自ら鞭を打つ苦渋の役割を引き受け、最後は曹叡の命で人質として洛陽へ送られます。

  • 曹叡(魏の皇帝)
    司馬懿が諸葛亮を退けた功績を称えるどころか、その軍功と求心力を激しく恐れ、司馬懿の手足を奪うために彼の家族を洛陽へ召喚します。

 

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この記事を書いた人

歴史ブロガー・フミヤ

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京都在住。2017年から歴史ブログを運営し、これまでに1500本以上の記事を執筆。50本以上の中国歴史ドラマを視聴し、史実とドラマの違いを正史(『二十四史』『資治通鑑』など)に基づき初心者にもわかりやすく解説しています。

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