三国志 司馬懿 軍師連盟 66・67・68・69・70話では、皇帝・曹叡の崩御によって魏の権力争いが再び激しくなります。郭照を失った司馬懿は曹爽の台頭によって一族もろとも窮地に追い詰められていくのでした。
司馬懿 軍師連盟 66~70話の内容
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第66話:曹叡が司馬府を兵で包囲するなか、郭照は巫蠱の術の濡れ衣を着せられて窮地に陥ります。
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第67話:郭照と陳群を失った司馬懿は、自ら遼東の公孫淵を滅ぼして「執刀人」となる決意を固めます。
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第68話:病状が悪化した曹叡の隙を突き、劉放らが聖旨を偽造して曹爽を最高権力者の大将軍に据えました。
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第69話:曹叡は司馬懿を暗殺し損ねたまま崩御し、後見人となった曹爽が宮中で傲慢な振る舞いを始めます。
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第70話:曹爽が権力を誇示して司馬一族を冷遇するなか、司馬懿はあえて謙虚に振る舞い忍耐の時を過ごします。
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司馬懿 軍師連盟 あらすじリスト
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司馬懿 軍師連盟 66話 上方谷の戦い
あらすじ 66話
司馬昭の進言と司馬懿が渭水で立てた誓い
司馬昭は父の司馬懿に魏の帝位を奪うべきだと進言します。しかし司馬懿は、一生魏の臣下であり続けることを渭水で司馬昭に誓わせました。
辟邪による郭照の寝宮包囲と陳群の抵抗
辟邪は太后 郭照の寝宮を兵で包囲しました。郭照が巫蠱の術で幼い王女を殺害したという濡れ衣を着せたのです。陳群は命を懸けて兵を阻み郭照を守ろうとします。
司馬孚の拘束と曹叡による司馬府の包囲
司馬孚も入宮して曹叡に諫言しますが、その場で拘束されました。曹叡は司馬懿の反乱を恐れて兵を動かして司馬府を包囲させます。すると司馬倫が家を脱出して司馬懿に危機を知らせに行きました。
注目点:郭照(郭皇后)の最後
ドラマでは郭照が巫蠱の罪を着せられ、辟邪に殺されてしまいました。これはドラマの脚色です。
正史『三国志』を見ると郭皇后の最期は驚くほどあっさりしています。記録されているのは235年に許昌で亡くなり、首陽陵の近くに葬られたということだけです。
ドラマのような巫蠱事件もありませんし、辟邪による殺害も出てきません。司馬懿が命がけで救出に向かったという話も見当たりません。
では、なぜドラマはこんな展開にしたのでしょうか?郭皇后の死には昔から気になる話が残っています。
曹叡の実母は甄氏ですが甄氏は曹丕の命令で死んでいます。その後、曹叡は郭皇后が甄氏の死に関わったのではないかと疑ったと伝える史料があります。
後世の史料の中には曹叡が郭皇后を厳しく問い詰めた結果、郭皇后が死に追い込まれたと書くものまであります。もちろん、これも確実な史実とは言えません。
それでも、曹叡が郭皇后にわだかまりを抱いていたという伝承は昔からあったわけです。ドラマはそこに大きく脚色を加え、史実でははっきりしない母子の確執を郭照暗殺という形でドラマにしたのです。
司馬懿 軍師連盟 67話 孔明からの贈り物
あらすじ 67話
曹叡の罠と郭照の訃報に倒れる司馬懿
司馬懿は郭照をたすけようと曹叡に掛け合いました。曹叡は一度は彼女を赦免すると言いますが。直後に陳群が郭照の訃報がとどき、司馬懿は騙されたことを知り倒れてしまいます。
陳群の死去と司馬懿が墓前で集めた新たな力
郭照の葬儀の日に重臣の陳群も息を引き取り、曹叡の専横を阻める者は宮廷内で司馬懿一人となりました。司馬懿はかつて校事府などで活躍した汲布に助力を求めて反撃体制を整え始めます。
遼東への出陣
司馬懿は自ら遼東で反乱を起こした公孫淵の討伐を申し出ます。曹叡は司馬懿が戦地で果てることを期待して出陣を許可しますが、司馬懿は琴を弾きながら「これからは自らが刀を振るう執刀人になる」と決意。司馬懿は遼東の公孫淵を徹底的に追い詰め、一族もろとも滅ぼす大勝を収めました。
しかし、司馬懿が戦地で行った越権行為の報告を聞いた曹叡は、その場で倒れてしまうのでした。
注目:陳群の最後は?本当に郭照の同じ日に亡くなった?
第67話では郭照の葬儀の日に陳群も息を引き取りました。しかも直前には、陳群が郭照の死を司馬懿へ伝える場面まで描かれていました。
史実の陳群は魏を代表する重臣の一人でした。曹操や曹丕に仕え曹叡の時代まで朝廷の中心で働き続けます。
特に有名なのが九品中正法です。地方の有力者に人物評価をさせ、その結果をもとに官僚を選ぶ制度で、その後の中国社会に大きな影響を与えました。
そんな陳群ですが、正史『三国志』によると青龍4年(236年)に亡くなっています。
一方、郭皇后が亡くなったのは青龍3年(235年)です。
史実では郭皇后の死と陳群の死には一年以上の開きがあります。ドラマのように郭照の葬儀の日に陳群が亡くなったわけではありません。
司馬懿 軍師連盟 68話 才知の攻防
あらすじ 68話
曹叡の病状悪化
司馬懿が遼東から戻ってきました。それを知った曹叡は怒りのあまり、病状を急激に悪化させます。自らの死期がち近いと思った曹叡は曹宇を呼び寄せ後を託そうとするのでした。
劉放と孫資の暗躍
自身の保身を最優先する中書令の劉放と中書監の孫資は曹宇が実権を握ることを嫌い、曹爽と結託して権力を奪う計画を進めます。曹氏の宗室は曹爽派と曹宇派に分かれて激しい主導権争いを始めました。
聖旨の偽造と大将軍曹爽の誕生
曹宇は司馬懿の軍事的脅威を逆手に取って皇帝を説得しようと試みます。しかし意識が混濁した曹叡の隙を突いた孫資と劉放が聖旨を偽造し、曹宇の一派を罷免して曹爽を最高権力者である大将軍に就任させました。
崩御寸前の宮廷に吹き荒れる曹叡の狂気
曹叡は病が重くなり正気を保てなくなり、側にいる皇后を自分が憎む亡き郭照と思い込みます。周囲を混乱に陥れる中、皇帝は皇后を殺害しようとするのでした。
注目:史実の曹叡の最期
正史『三国志』によると曹叡は景初3年(239年)に洛陽で亡くなりました。享年は三十代半ばでした。
病状はかなり悪かったようです。でもドラマのように郭照の幻覚を見たとか、皇后を殺そうとしたという記録はありません。
史実で有名なのは亡くなる直前の後継者選びです。曹叡には成人した皇子がいませんでした。そこで養子の曹芳を後継者に決めます。しかし曹芳はまだ幼かったので誰に政治を任せるかが大問題になりました。
最初、曹叡は叔父の曹宇を中心とした体制を考えていたと伝わります。ところが側近の劉放と孫資が強く反対。その結果、最終的には曹爽と司馬懿が曹芳を補佐する体制が作られました。
このとき聖旨偽造で大将軍曹爽が誕生したとは記録されていません。ドラマは脚色ですが、死の間際にあった曹叡に曹爽たちが強硬に主張した可能性はあります。
司馬懿 軍師連盟 69話 最後の対局
あらすじ 69話
司馬懿の帰郷
司馬懿は大軍を率いて洛陽へ向かう途中で故郷に立ち寄り、かつての友と酒を酌み交わしました。そこへ曹叡が危篤との連絡が来たため、司馬懿は都へ戻ることになりました。
二人への「託孤」
洛陽の朝廷には司馬懿を暗殺しようとする伏兵が潜んでおり、物々しい雰囲気に包まれていました。曹叡は曹爽と司馬懿の二人を「託孤(後見人)」に指名して幼い皇太子の曹芳を輔佐するよう命じます。
刀斧手の退散と曹叡の最期
曹叡が息を引き取ろうとするその瞬間、待ち構えていた刀斧手たちが司馬懿を殺そうと迫りました。しかし司馬懿の威圧感に気圧され衛兵たちは退散します。曹叡は司馬懿の背に負われたまま、この世を去りました。
曹爽の傲慢な振る舞いと不穏な新体制
権力を完全に握った曹爽は傲慢な本性を剥き出しにします。後宮の未亡人たちを追い散らし、その美色に目を奪われるなど、宮中は混乱するのでした。
注目点:曹叡の死後に曹爽は本当に台頭したのか?
ドラマでは曹爽が曹叡の死後に権力を持って横暴になる姿が描かれています。
曹叡は239年に亡くなり幼い曹芳が皇帝になり、曹芳を支えるため曹爽は大将軍、司馬懿は太尉として政治を補佐しました。ここまではドラマも史実と合っています。
でもドラマは曹爽の登場をかなり悪役として描いています。曹叡の死後すぐに曹爽が後宮の女性たちを追い散らしたりしますが、これは史実とは違います。曹爽がその場で後宮を荒らしたという記録は確認できません。
史実の曹爽は曹真の子として曹氏一族の代表のような立場で幼帝を支えました。ただ曹爽はその後に司馬懿を太傅にして実務から遠ざけ、何晏、鄧颺、丁謐、李勝らを重用して親しいものだけで政治を動かそうとします。ドラマはその後の司馬懿との対立を先取りして、曹叡の死の直後から横暴な人物として描いているのです。
司馬懿 軍師連盟 70話 死せる孔明、生ける仲達を走らす
あらすじ 70話
司馬懿の謙虚な態度と辟邪の没落
新皇帝 曹芳による初めての召見が行われ、司馬懿は傲慢に振る舞う曹爽とは対照的に謙虚な態度を貫きます。先帝を失った宦官の辟邪は、大将軍となった曹爽から執拗な虐めと羞辱を受けてしまいます。
司馬昭の地方左遷と司馬師への羞辱
太后から親族を官職に就けるよう勧められた司馬懿は、次男の司馬昭を地方の農政官・典農中郎将に任命。その荒い気性を削ごうとします。多くの官吏が曹爽に媚びを売りに行く中、長男の司馬師は曹爽から手酷い羞辱を受けました。
何晏の策略と柏霊筠の教え
何晏は曹爽の歓心を買うため美女の蒹葭を贈ります。
司馬倫は父の決定に不満を抱きますが、母の柏霊筠は今は忍耐を学ぶべきだと息子を厳しく諭すのでした。
辟邪の最期
司馬懿は獄中に囚われている辟邪のもとを密かに見舞います。かつて宮廷で絶大な権勢を誇り、曹叡の寵愛を受けた男寵は司馬懿に見守られながら静かにその生涯の幕を閉じたのでした。
注目:辟邪は実在した人物? 創作キャラクター
辟邪は曹叡のそばで権勢を振るい郭照を追い詰め、朝廷の重臣たちとも対立。でも曹叡の死後は失脚して獄中死しました。
辟邪はドラマの重要人物ですが史実で確認できる人物ではありません。
少なくとも『三国志』や『晋書』などの史料に曹叡の寵臣として活動した辟邪という人物は登場しません。郭皇后の死に関わった記録もありませんし、曹爽に捕らえられて獄死したという話も見当たりません。
ドラマの曹叡は孤独な人物として描かれています。郭照と確執があり、司馬懿を恐れ、朝廷の重臣たちも信用できません。そんな曹叡のそばで皇帝の命令を実行する人物として配置されたのが辟邪です。ドラマの辟邪は曹叡の宮廷が抱えていた恐怖や不信感を象徴する存在として作られたキャラクターと言えそうです。
三国志 司馬懿 主要人物一覧
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司馬懿(太尉・後見人)
信頼する仲間を失い曹爽から圧迫を受けますが、謙虚に振る舞い今は耐え忍びます。 -
曹叡(皇帝)
病と狂気に蝕まれるなか、司馬懿を巻き添えにしようと暗殺を企てますが失敗。幼い我が子を託して崩御します。 -
曹爽(大将軍・後見人)
聖旨の偽造によって最高権力者の座を手に入れ、先帝の崩御後は傲慢の限りを尽くします。 -
郭照(太后)
辟邪によって偽りの罪を着せられ、司馬懿や陳群の必死の抵抗も虚しく非業の死を遂げました。 -
辟邪(宦官)
曹叡の死によって後ろ盾を失い、それまで敵視していた曹爽から激しい羞辱を受けた末に、獄中で悲惨な最期を迎えます。
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