三国志 司馬懿 軍師連盟 56・57・58・59・60話では
最大のライバルであった曹真の死をきっかけに、魏の兵権を握った司馬懿ですが、その前に立ちはだかるのは天才軍師・諸葛亮。
お互いの裏をかく心理戦から名将の戦死、そして五丈原の決戦へとむかいます。
司馬懿 軍師連盟 56~60話の内容
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第56話:曹真が司馬懿の野心を警戒しながら病死し、兵権を得た司馬懿は側室の柏霊筠を蜀へ潜入させて内応を仕掛けます。
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第57話:諸葛亮の食糧確保を巡る心理戦が展開する中、司馬懿は蜀の裏切り者・苟安を利用して李厳を動かし、蜀軍の撤退を企てます。
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第58話:李厳の策動で諸葛亮が撤退を余儀なくされる中、司馬懿の命で追撃した魏の名将・張郃が木門道で伏兵に遭い戦死します。
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第59話:帰還した諸葛亮が李厳一派を粛清して再び全権を握る一方、魏では曹叡が司馬懿に3ヶ月以内の蜀軍撃破という無理難題を突きつけます。
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第60話:五丈原の戦いが幕を開け、諸葛亮の囮作戦に引っかかった司馬昭が軍令を破って火攻めの罠が待つ上方谷へ突入してしまいます。
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司馬懿 軍師連盟 あらすじリスト
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司馬懿 軍師連盟 56話 曹真の死
あらすじ 56話
曹真の病死と司馬懿の誓い
蜀との戦いで大敗した曹真は、洛陽へ戻った後に病床へ伏せました。曹真は死の間際も皇帝 曹叡に兵権を司馬懿に委ねるよう頼みました。
司馬懿は曹叡の前で諸葛亮を祁山から一歩も出させないと命を懸けて誓います。しかし曹真は司馬懿が曹一族から兵権を奪う野心を抱いていると言い残して息を引き取ります。
柏霊筠の蜀潜入と諸葛亮の北伐
司馬懿は側室の柏霊筠とともに、蜀の内部情勢を細かく分析しました。二人は諸葛亮とその政敵 李厳の不和を利用する計画を立てます。
柏霊筠は単身で蜀の都 成都へ向かい、得意の詩文を用いて李厳の信頼を得ることに成功。
そのころ諸葛亮が再び魏への北伐を開始したため、兵権を得た司馬懿は軍を率いて出陣。戦場で諸葛亮と激しい舌戦を繰り広げます。
注目点:曹真の死と司馬懿の台頭について
曹真は曹操の一族に連なる魏の重臣です。曹丕、曹叡の時代に重く用いられ、対蜀戦でも重要な役割を担いました。諸葛亮の北伐に対抗する魏側の代表格といえる人物です。
正史の「三国志 魏書 曹真伝」では曹真は軍事の責任者・大司馬にまで昇進したと書かれています。曹真は231年に亡くなりました。
曹真が死の間際に司馬懿の野心を曹叡へ警告したという発言は正史にはありません。後の司馬氏による魏の乗っ取りを知っている現代人から見た演出です。
曹真が生きている間は魏の軍事は曹氏一族の有力者が支えていました。その曹真が亡くなると蜀の諸葛亮に対抗できる人物として司馬懿や司馬氏の存在感が大きくなるのです。
司馬懿 軍師連盟 57話 北伐再開
あらすじ 57話
諸葛亮の小麦強行と郭淮の敗北
司馬懿は、諸葛亮が隴上の小麦を刈り取って食糧を確保しようとしていると考えました。
司馬懿は挑発に乗らず陣地を守る方針を立てます。しかし功を焦った郭淮が命令に従わずに出撃、蜀軍の罠に落ちました。司馬懿は救出のために兵を動かし、その間に諸葛亮は小麦を刈り取ります。
郭淮は夜襲を行いますが再び敗北しました。司馬懿は落ち込む郭淮を励ますのでした
魏の出戦命令と苟安の寝返り
蜀の陣営では、李厳の部下 苟安が予定の半分しか食糧を届けず、諸葛亮が怒ります。
魏の陣営では張郃が「司馬懿が戦わない」と皇帝に手紙を送りました。曹叡は司馬懿に戦うよう命令を出しますが、司馬懿は拒否します。
そこへ蜀を裏切った苟安が司馬懿に接触しました。司馬懿は苟安を利用して李厳を動かし諸葛亮を撤退させようと企むのでした。
注目点:李厳と諸葛亮の対立
李厳と諸葛亮の対立は史実でも重要な出来事です。李厳は劉備から後継者である劉禅の補佐を託された重臣の1人でしたが、李厳も強大な権限を持っていました。
『三国志』蜀書・李厳伝によると李厳は兵糧の輸送トラブルを起こし、諸葛亮から処分を受けました。
ドラマでは、苟安が軍糧を半分しか届けず、さらに司馬懿に利用されますが、これはドラマの脚色です。
とはいえ軍糧の遅れや不足が前線で致命的な問題になることは、当時の戦争ではよくある話でした。そうなると味方同士でも不信感が生まれてしまいます。諸葛亮がどれだけ戦場で頑張っても後方を支える李厳らがうまく働かなければ北伐は続けられません。
ドラマでは戦場の勝敗そのものよりも、補給の難しさや政権内部の対立が諸葛亮を追い詰めていく要素のひとつになったと描いていると言えます。
司馬懿 軍師連盟 58話 劉禅の宣旨
あらすじ 58話
劉禅の撤退命令と曹叡の出兵指示
蜀の李厳は軍糧の輸送が遅れたため処罰を恐れて軽宵と宦官に泣きつきます。
軽宵たちは皇帝 劉禅に「諸葛亮は天下を奪おうとしている」と言いました。すると劉禅は諸葛亮を撤退させるための詔を出します。
魏の陣営には曹叡から「三日以内に出兵せよ」という命令が届きました。諸葛亮のもとへも劉禅からの撤退を命じる聖旨が届きます。
司馬懿の追撃命令と木門道の戦い
司馬懿は郭淮が戦いに出るのを止めました。しかし撤退を始めた蜀軍を追いかける役割を張郃に命じます。この行動は諸葛亮の予想通りでした。張郃は木門道という場所で、蜀軍が配置していた伏兵の攻撃を受けて命を落とします。
張郃が戦死したという知らせを受け取った曹叡は魏の名将を失ったことで司馬懿への憎しみをいっそう強めました。
注目:張郃の最後
張郃は曹操、曹丕、曹叡の三代に仕え、官渡の戦い以後も各地で戦っています。
正史の「三国志 魏書 張郃伝」によると諸葛亮が退却したときに張郃が追撃しました。張郃は追撃にはあまり積極的ではないような描かれ方です。諸葛亮軍をむやみに追えば危険だと見ていた可能性があります。それでも追撃することになり、木門で戦死しました。
張郃は山地や補給路を意識した戦いに慣れていました。蜀の北伐に対抗するためにも張郃の経験はとても大きかったのです。そのため張郃の死は魏にとっても大きな痛手でした。ドラマで曹叡が諸葛亮の軍を退けたとはいえ、喜びきれないのはこの損失が大きすぎるからです。
司馬懿 軍師連盟 59話 孔明の怒り
あらすじ 59話
諸葛亮の帰還と李厳父女の失脚
成都へ戻った諸葛亮に劉禅は軍の全権を李厳に渡すよう求めました。諸葛亮はその場で李厳の勢力の不正を暴き、彼らを宮廷から一掃します。
諸葛亮は蜀の内部に溜まった膿を出し切ることで再び政治の主導権を握りました。
司馬懿の毒酒疑惑と魏の宮廷の動き
魏の都に凱旋した司馬懿は皇帝の曹叡から授かった酒に毒が入っているのではないかと疑いました。司馬懿は酒を飲んだ直後に自ら吐き出します。
長男の司馬師は現在の曹叡にはそこまで果断な行動をとる度胸はないと言って状況を冷静に見つめました。
三年後の北伐と曹叡が下した厳命
三年後、諸葛亮は六度目となる魏への北伐を行いました。曹叡の近くに仕える辟邪は司馬懿が戦功を重ねることを嫌い、曹爽と手を組んで軍功を奪う密約を交わします。
朝廷の臣下たちは司馬懿を総帥に推薦しますが、曹叡は司馬懿に三ヶ月以内に蜀軍との決着をつけるよう無理な期限を設定するのでした。
司馬懿 軍師連盟 60話 五丈原の戦い
あらすじ 60話
魏延の提案拒否と渭水の夜襲
魏延は長安を急襲する子午谷ルートを求めましたが、諸葛亮は五丈原への駐屯を決めました。諸葛亮は北原を攻めると見せかけて渭水の魏軍本陣を襲う計略を実行します。
しかし司馬懿は事前にこれを見抜いて伏兵を配置しました。夜襲を仕掛けた蜀軍は魏軍の反撃に遭い、多くの兵を失いました。
曹叡の親征と諸葛亮の囮作戦
諸葛亮は呉の孫権と結んで魏を挟み撃ちにしようと試みました。しかし皇帝の曹叡が自ら兵を率いて出陣、呉の軍勢を退けます。
次に諸葛亮は新しい輸送道具である木牛流馬を囮にして魏軍をおびき寄せる作戦を立てました。諸葛亮はあらかじめ地形を調べて方谷へ火攻めの罠を仕掛けます。
司馬昭の独断出撃と上方谷の罠
司馬懿は出撃を禁じていましたが、息子の司馬昭は父親の軍令を破って独断で打って出ました。
司馬昭は蜀軍の木牛流馬を奪い兵を捕虜にする戦果を挙げます。しかし、この勝利は諸葛亮が仕掛けたさらなる危機の入り口でした。司馬昭は蜀軍に誘導され、罠が待つ上方谷の奥深くへと進んでしまいます。
三国志 司馬懿 主要人物一覧
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司馬懿(しばい):魏の軍師
曹真の死により念願の兵権を握り、諸葛亮の北伐を迎え撃つ。難敵を相手に防衛に徹するが、曹叡からの疑念や息子の独断専行に振り回される。 -
諸葛亮(しょかつりょう):蜀の丞相(宰相)
魏への北伐を再開。綿密な知略と罠で魏軍を翻弄し、後方の政治的不安を払拭して五丈原の決戦で司馬懿を追い詰める。 -
曹叡(そうえい):魏の皇帝
司馬懿に兵権を渡したものの彼の野心を激しく警戒しており、毒酒の疑念を抱かせたり、無理な終戦期限を命じたりして圧力をかける。 -
張郃(ちょうこう):魏の名将
司馬懿の戦術に不満を抱き皇帝へ密告するが、撤退する蜀軍の追撃を命じられた結果、諸葛亮の伏兵に遭って戦死する。 -
司馬昭(しばしょう):司馬懿の次男
功を焦るあまり父親の出撃禁止命令を破り、木牛流馬を奪う戦果を上げるも、諸葛亮の罠に誘導されて上方谷の危機を招く。

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