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宮廷女官 若曦 26話・27話・28話 粛清の嵐と緑蕪・若蘭の最後

宮廷女官 若曦(ジャクギ) 第26話・27話・28話では、悲願の即位を果たした四皇子こと雍正帝による容赦なき粛清の嵐が吹き荒れます。

新時代の幕開けと共にかつての仲間たちが次々と窮地に追い込まれ、若曦の大切な人たちにも悲劇が連鎖していきます。

十三皇子を支え続けた緑蕪の決断や、最愛の姉・若蘭との永遠の別れなど、抗えない運命に翻弄される女性たちの姿はこの3話の大きな見どころ。

今回の記事では冷酷な皇帝へと変わっていく雍正帝の孤独と、変わりゆく宮廷の人間模様を詳しくお伝えします。

 

26~28話の内容

  • 第26話: 即位した雍正帝が口封じのために毒酒や杖刑で粛清を開始し、絶望した緑蕪が川に身を投じる。

  • 第27話: 母・徳妃との確執に悩む雍正帝の孤独と、若曦が十三皇子についた「優しい嘘」が残酷な真実と重なる。

  • 第28話: 余命わずかな若蘭のため、若曦と八阿哥が離縁を決断し、彼女は自由な身となって静かに息を引き取る。

 

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宮廷女官 若曦 あらすじリスト

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第26話あらすじ

第27話あらすじ

第28話あらすじ

 

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宮廷女官 若曦 26話 広がる粛清

要約:
新皇帝になった胤禛が反対勢力や秘密を知る者を次々と排除、十三皇子を愛た緑蕪が自ら命を絶ってしまいます。
 

あらすじ 26話 

よそよそしい十三皇子と若曦の余命10年

念願の即位を果たした四皇子(雍正帝)でしたが、10年ぶりに再会した十三皇子はかつての親しい態度ではなく、よそよそしい臣下としての態度のままでした。

雍正帝を支える若曦もまた、長年の過酷な労働で体がボロボロになっていました。太医から「余命10年」という宣告を受けても、若曦は複式簿記を使って国庫の整理を手伝い二人だけの穏やかな時間を大切に過ごします。

口封じの毒酒と容赦なき見せしめ

雍正帝は皇帝の座を確かなものにするために粛清を始めました。先帝の最期を知る李徳全が徳妃に真相を話そうとすると、四皇子が彼を連れ去り毒酒で口を封じました。

さらに自身の動向を斉妃に漏らした侍女を杖刑で処刑するなど、宮中に恐怖が広がります。それを見た玉檀は怯えますが、若曦は彼女を自分が守ると約束しました。

緑蕪の失踪と十四皇子の意地

遠征先から戻った十四皇子は兄の新皇帝を無視して怒りを買い、降格させられます。

そんな中、十三皇子を支え続けてきた緑蕪が姿を消しました。彼女は芸妓という身分の低さが十三皇子や娘の将来に悪い影響を与えることを恐れ、誰にも告げずに身を投げてしまったのです。

 

注目点:雍正帝の粛清はドラマのように酷かったのか?

雍正帝が重臣や兄弟への容赦のない弾圧を行ったのは確かです。そのため雍正帝は怖い独裁者のイメージがあるかも知れませんが。ドラマのように侍女や宦官が粛清されるのは記録にありません。雍正帝の怖さを演出ための脚色です。雍正帝の矛先は権力を争った相手に向けられたもので、ドラマの演出とは性格が違います。

 

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宮廷女官 若曦 27話 女たちの悲哀

要約
緑蕪の死が確認される中、若曦は彼女を救うために優しい嘘をつきますが、皮肉にもその「作り話」が緑蕪を苦しめていた衝撃の事実と一致してしまいました。

 

あらすじ 27話 

緑蕪の死と若曦の「物語」

川から緑蕪の遺体が発見されましたが、雍正帝と若曦は心身ともに限界の十三皇子には事実を隠すことにします。酒に溺れ部屋中を緑蕪の肖像画で埋め尽くす十三皇子に若曦はある物語を聞かせました。それは「緑蕪は文字獄の罪人の子孫であり、一族の身の潔白を証明するために自ら去ったのだ」という嘘でした。

しかし、後に雍正帝が調査させたところ、緑蕪の出自は本当に文字獄に関係した罪人の家族であり、若曦の嘘は意図せず真実を突いてしまっていたことが判明します。

 

親子の断絶と皇太后の拒絶

一方、雍正帝は実母の徳妃を皇太后にしようとしますが、彼女は頑なに拒否しました。「十四皇子から皇位を奪った」と信じ込む母は、公の場でも皇帝を侮辱し続け親子の溝は修復不可能なほどに深まっていました。

母に認められない孤独に苛まれる雍正帝は、若曦と酒を酌み交わすことでかろうじて正気を保ちますが、宮廷のしきたりや他の側室との関係に若曦もまた複雑な思いをもつのでした。

皇后の告白と雨の中の真実

他の側室の元へ向かう皇帝に嫉妬し、塞ぎ込む若曦の元へ皇后が訪ねてきました。皇后は若曦に、かつて彼女が雨の中で土下座の罰を受けていた時、四皇子(現在の皇帝)もまた屋敷の庭で共に雨に打たれ、彼女の苦しみを分かち合っていたことを明かしました。

皇帝がいかに深く若曦を愛しているか、そして一国の主として自由を奪われているかを教えられ、若曦の心は激しく揺れ動くのでした。

 

注目点:雍正帝と母・徳妃は仲が悪かった

ドラマでは徳妃が雍正帝が十四皇子から皇位を奪ったとして激しく反発。皇太后になるのを拒否しています。史実でも雍正帝と母の徳妃は仲がよくありません。四皇子胤禛は生まれてまもなく孝誠仁皇后 ヘシェリ氏に育てられました。そのため孝誠仁皇后を母のように慕っています。

それに対して十四皇子 胤禵は徳妃が育てました。そのため徳妃は胤禵に愛着を持ち、胤禛とは疎遠になっていました。

徳妃が勅命偽造の噂を信じていたという記録はありませんが。それよりももともと四皇子と十四皇子は母との親密さが違うのです。

徳妃 烏雅氏(孝恭仁皇后)実の息子・雍正帝との仲は悪かった

 

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宮廷女官 若曦 28話 砂漠に帰する日

要約
病に倒れた姉の若蘭が、若曦の機転と八阿哥の決断によって離縁状を受け取り、自由の身となって静かにこの世を去りました。
 

あらすじ 28話 

姉・若蘭との早すぎる別れ

廉親王(八阿哥)が宮中にやって来て若曦の姉・若蘭が重病だと知らせました。若曦は急いで屋敷へ向かいます。そこにいたのは流産以来、体調が戻らないまま心労でひどく弱ってしまった姉の姿でした。

死期を悟った若蘭は愛した人・青山の元へ行きたいと願います。ですがこのままでは「愛新覚羅家の人間」として死ぬことになり皇族の墓に入ってしまいます。若蘭は、それでは青山に顔向けできないと怯えていました。

離縁状に託した願い

若曦は姉を縛っている結婚という鎖を解くため、八阿哥に「姉と離縁してほしい」と必死に頼み込みます。

皇族の妻を離縁するには皇帝の許しが必要です。他の皇子たちは反対しました。ですが正室の明慧が夫である八阿哥を懸命に説得しました。

ついに八阿哥は離縁状を書き上げます。それを受け取った若蘭は、まるで重い荷を下ろしたかのような安らかな表情を浮かべ、そのまま息を引き取りました。

 

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若曦 歴史解説

文字の獄

ドラマでは緑蕪は文字獄の罪人の子孫とされました。

文字獄とは朝廷が文章の中の言葉や字の使い方を問題にして、書いた本人や家族を罰しすること。皇帝を批判したと受け取れる文や、前の王朝を惜しむように読める表現が罪とされます。漢字の使い方ひとつで罪が確定することもあり。家族が連座することもあります。中国王朝ではよくあることですが、特に清朝時代のものが有名です。

康煕~雍正帝時代は満洲人の支配への反発から文人による批判が活発で、それに対する取り締まりは厳しく行われました。

 

皇族と結婚したら皇族の墓に入る

八皇子と若蘭は離縁しました。でもこれは史実ではまずあり得ない出来事です。

当時の皇族の結婚は皇帝の意志で決まるもので、個人の感情で解決できるものではありません。皇族に嫁いだ女性は死後も皇室の墓(園寝)に埋葬されるのが絶対的なルールでした。劇中の若蘭が恐れているのもそのルールを知っているからです。そうなると死後も八皇子のもとから離れられず、かつての恋人青山といっしょになることはできない。と考えているのです。

実家に戻って葬られることを許す「離縁」は、皇族の面子を潰す行為になってしまうので許可はされません。例外があるとすれば、罰として離縁される場合くらいです。

ドラマではあえてこのあり得ない選択を八阿哥にさせることで、彼がどれほど深く彼女を愛していたかを表現しているのでしょう。

ただし。実は八皇子は生涯の中で離縁を経験した珍しい皇族です。

後に雍正帝の命令で正室の郭絡羅氏と離縁させられるのです。でもそれはまた後ほどお話します。

 

主な登場人物と結果

 

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この記事を書いた人

歴史ブロガー・フミヤ

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京都在住。2017年から歴史ブログを運営し、これまでに1500本以上の記事を執筆。50本以上の中国歴史ドラマを視聴し、史実とドラマの違いを正史(『二十四史』『資治通鑑』など)に基づき初心者にもわかりやすく解説しています。

詳しい経歴や執筆方針は プロフィールをご覧ください。

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