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宮廷女官 若曦 29話~34話:雍正帝の決断と若曦の絶望

宮廷女官 若曦 29話~33話のあらすじをまとめました。

徳妃の死をきっかけに雍正帝と十四皇子・八皇子の関係が完全に破綻。さらに玉檀の処刑によって若曦はショックを受けます。

そして自分の助言が皇子たちの争いの発端だったと知った若曦が流産し、激怒した雍正帝が八皇子に離縁を命じるのでした。

若曦と雍正帝の関係が壊れていく様子が描かれるドラマ終盤の展開を分かりやすく紹介します。

 

この記事で分かること

  • 徳妃の死が雍正帝の正統性と兄弟関係に与えた影響

  • 玉檀が間者だった真相と処刑に至るまでの経緯

  • 若曦の過去の助言が争いを生んだ決定的な理由

  • 史実における徳妃と雍正帝の不仲と背景

 

他のエピソードを見たい方は
宮廷女官 若曦 あらすじ ネタバレ一覧をご覧ください。

 

宮廷女官 若曦 あらすじリスト

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第29話あらすじ

第30話あらすじ

第31話あらすじ

第32話あらすじ

第33話あらすじ

第34話あらすじ

 

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宮廷女官 若曦 29話 愛との葛藤

要約:
母である徳妃を看取った雍正帝が、疑念を抱く十四皇子を突き放し、さらに落ち度のあった八皇子を厳しく処罰して兄弟間の溝が決定定的になりました。
 

あらすじ 28話 

徳妃の死と十四皇子の悲しみ

四皇子(雍正帝)の母である徳妃が重い病に倒れました。彼女は最期まで四皇子を皇帝として認めず、皇太后の称号を受けることも拒んだまま息を引き取ります。この態度は「やはり即位は不当だったのではないか」という噂を呼び、朝廷に動揺が広がりました。

葬儀に駆けつけた十四皇子は母を失った悲しみで気絶し、食事も薬も拒みます。若曦が彼を説得しますが、十四皇子は「先帝は本当に四兄上に皇位を譲ると言ったのか」と詰め寄りました。若曦はあえて冷たく「噂はすべて嘘です」と答え、彼の希望を断ち切りました。

 

八皇子への処罰

八皇子は先帝を祀る太廟の修繕を任されました。しかし、新しく作った更衣室に漆の匂いが残っていたことに雍正帝が激怒します。「先帝を汚らわしい匂いの場所に置くのか」と責め立て、八皇子に一晩中ひざまずく罰を命じました。

若曦は八皇子を助けようとしますが、十三皇子に「今の四兄上は皇帝だ。あなたが口を出せば八兄上の立場はもっと悪くなる」と止められます。若曦は抗議の意味を込めて、自分も一晩中立ち続け、雍正帝への無言の怒りを示しました。

 

意地の張り合いと和解

雍正帝は自分の命令に背いて立ち続けた若曦に憤りますが、最終的には八皇子を帰宅させました。若曦は数日間、皇帝を避けて口をきこうとしません。

見かねた十三皇子が「意地を張って大切な時間を無駄にするな」と若曦を諭します。その夜、雍正帝から迎えの者が送り込まれました。若曦も自分の頑なさを反省し、二人は静かに仲直りの時間を過ごすことになりました。

 

注目点:徳妃(烏雅氏)と雍正帝の不和

徳妃と雍正帝の不仲は史実でも有名です。史実の徳妃(孝恭仁皇后)は、雍正帝が即位した際、皇太后の称号を辞退しようとしたり、皇帝への祝辞を拒んだりしたという記録が『清実録』などに残っています。

これは、雍正帝が幼少期に孝懿仁皇后(康熙帝の3番目の皇后)の養子として育てられたため、生母である徳妃との間に親密な情愛が育まれなかったことが原因の一つとされています。

ドラマではこの親子の確執を、十四皇子への偏愛と絡めてドラマチックに描いていますが、実際に「母に認められない皇帝」という構図は、彼の治世の正当性を揺るがす深刻な問題でした。

 

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宮廷女官 若曦 30話 壮絶なる最期

要約:
長年信頼していた玉檀が九皇子の間者だった判明、処刑されてしまいます。若曦は恐怖と絶望に突き落とされるのでした。
 

あらすじ 30話 

隠されていた恩人の最期

若曦はかつて働いていた浣衣局を訪ねますが、当時の上司が消えていました。不審に思った若曦が王喜に事情を聞くと、彼は人目を忍んで亡き師匠・李徳全を弔っていました。

若曦は宮中を退いて隠居したと聞かされていた李徳全が、雍正帝によって毒殺されていたことを知るのでした。

 

蒸し刑の惨劇と玉檀の裏切り

ある日、若曦は子供の承歓から「外で人が蒸されている」という報告を受けます。慌てて駆けつけた若曦の目に飛び込んできたのは、長年姉妹のように支え合ってきた玉檀が蒸気の中で命を奪われていく光景でした。若曦はそのあまりの残酷さにショックを受け気絶してしまいます。

目を覚ました彼女に伝えられたのは、新しい命を授かったという懐妊の知らせでしたが玉檀を失った悲しみで若曦の心は閉ざされたままでした。

明かされた間者の正体

絶望する若曦のもとを訪れた十三皇子が玉檀は九皇子が密かに送り込んだ間者であり、長年にわたって皇帝の動向を漏らしていたと聞かされます。

彼女は若曦との友情を利用して皇帝を揺さぶり、兄弟仲を引き裂こうと画策していました。雍正帝は何度も警告を与えていましたが玉檀が活動をやめなかったため、あのような極刑を選んだのでした。

若曦は玉檀が残した「家族を守ってほしい」という遺書を抱きしめ、ただ涙を流すことしかできませんでした。

 

注目点:史実よりも過激な雍正帝の演出

雍正帝は史実でも政敵や反対派に過酷な処分を下した皇帝です。でも30話のように宮女や宦官を残酷な刑で次々と処罰したという記録はみあたりません。もちろん罪を侵した者への処罰はあったかも知れませんが、李徳全の毒殺や玉檀の蒸し刑はドラマの演出です。

清朝では明代ほど宦官が政治の表面に出にくく、内廷管理は内務府の仕組みが強かったため、この場面は史実の再現というより、雍正帝の猜疑心と即位後の緊張を強調した演出です。

また古代中国では「蒸し刑」に似た残酷な処刑方法がありましたが、清朝では蒸し刑は定めらた処刑法ではなく、これもドラマの残酷演出のひとつといえます。

このドラマの雍正帝の演出は過激なほうに盛られているようです。

 

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宮廷女官 若曦 31話 すべての発端

要約
自分が過去に八皇子へ与えた助言が全ての争いの引き金だったと知った若曦は、ショックのあまり流産し、激怒した皇帝は八皇子に離縁を命じました。

 

あらすじ 31話 

九皇子の冷酷と皇帝の固執

若曦は親友を奪った九皇子を激しく問い詰めますが、彼は「駒が犠牲になるのは当然だ」と冷たく突き放し反省の色も見せません。一方、雍正帝(四皇子)は若曦の懐妊を喜び、彼女を正式な妃として冊封しようと動きます。

しかし玉檀の死や宮中の惨状に耐えられない若曦は「宮中から出してほしい」と涙ながらに懇願しました。でも雍正帝は拒んで彼女を一生自分に縛り付けることを宣言します。

明慧が明かした残酷な真実

八皇子の正室・明慧が若曦のもとを訪れ、かつて八皇子が四皇子を敵視して陥れようとしたきっかけは、若曦が送った「警戒すべき人物リスト」だったと告げました。

若曦は自分が良かれと思ってした助言が、実は十三皇子の10年にわたる幽閉や、緑蕪の悲劇、そして現在の泥沼の争いを招いた元凶だったのだと知り目の前が真っ暗になります。

絶望の中での流産と離縁

あまりの衝撃に精神を病んだ若曦は倒れて流産してしまいます。さらに二度と子供を授かれない体になったと診断されました。

これを知った雍正帝は激怒して、若曦に事実を告げた明慧と八皇子へと向かいます。皇帝は八皇子に対し、最愛の妻である明慧と強制的に離縁せよという非情な勅命を下すのでした。

 

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宮廷女官 若曦 32話 愛に殉ず

要約:
明慧の死に続き十皇子まで監禁され、若曦は全ての元凶が自分の助言だったと雍正帝に告白しました。
 

あらすじ 32話 

明慧の決断と八王府の悲劇

皇帝から下された「離縁の勅命」に対し八皇子は最後まで抵抗しようとしますが、正室の明慧は夫の命を守るために自ら離縁状を差し出します。

判を押した八皇子でしたが、明慧は自らに火を放ち命を絶ってしまいました。

追い詰められる皇子たち

精神を病んだ八皇子は皇帝に反抗し、十皇子も帰京命令に背いた罪で爵位を剥奪され終身監禁を命じられます。

若曦の絶望的な告白

若曦は酒を携えて皇帝と十三皇子の前に現れ震える声でこれまで誰にも言えなかった真実を打ち明けました。「かつて私が八皇子に四兄上を警戒するよう伝えたからこそ、彼らは牙を剥き十三兄上が10年も幽閉されることになったのだ」と。

 

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宮廷女官 若曦 33話 さらば 紫禁城

要約:
若曦の過去の助言と八皇子との関係を知った雍正帝は彼女を手放すことに、若曦は十四皇子に嫁ぐため紫禁城を去ることになりました。
 

あらすじ 33話 

先帝の遺した「最後の手札」

若曦から「全ての元凶は自分だ」と告げられた雍正帝は深く傷つきます。さらに十四皇子は先帝・康熙帝から生前に賜っていた「若曦を妻に下賜する」という聖旨を盾に皇帝へ彼女を渡すよう要求します。先帝の遺命を無視できない状況に皇帝は激しい憤りに包まれました。

誤解が招いた決定的な亀裂

若曦の体は長年の心労で限界に達しており余命わずか数年という診断が下されます。そんな中、八皇子がわざと皇帝の前で、かつて自分が若曦と愛し合っていた過去を詳細に語りました。

皇帝は凄まじい嫉妬に駆られ、若曦の助言を「愛ゆえの裏切り」と誤解。彼女を手放す決心をしました。

紫禁城との訣別

皇帝は若曦を十四皇子へ嫁がせることを許可しました。出発の日、八皇子が別れを告げに現れます。彼はかつての愛憎を超え「全てを忘れて、自分を大切に生きろ」と若曦に優しく語りかけました。若曦は多くの悲劇が刻まれた紫禁城を後にして新たな地へと旅立つのでした。

 

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宮廷女官 若曦 34話 筆に込めた想い

要約
愛する雍正帝との再会を待ちわびる若曦ですが、叶わぬまま十四皇子の腕の中で静かにその生涯を閉じるのでした。

 

あらすじ 34話 

離れて募る想いと密偵の影

若曦は十四皇子の屋敷に移りましたが、そこは常に皇帝の密偵に監視されていました。若曦は形の上では十四皇子の側室となりましたが、心の中ではただ一人、雍正帝(四皇子)だけを想い続けていました。

一方、都の皇帝も若曦を忘れられずにいましたが、十四皇子がわざと親密に見せかけた振る舞いを密偵が報告したことで激しい嫉妬に駆られ「二度と彼女の報告はするな」と命じました。

届かなかった最後の手紙

若曦の病状は悪化し、最期を悟った彼女は一目会いたいという願いを込めて皇帝へ手紙を書きます。

十四皇子は若曦の文字が雍正帝に似ているのを知って、面倒が起こらないように自分の封筒に入れて届けさせました。ところが雍正帝は「また十四弟が嫌がらせの手紙を送ってきた」と思い込み、封も切らずに放置してしまったのです。

桃の花の下での最期

庭の桃の花が咲き乱れる中、若曦は十四皇子に抱かれながら自分の遺灰を風に撒いてほしいと静かに願いました。そして、穏やかな微笑みを浮かべたまま息を引き取ります。

七日後、ようやく彼女の死を知った雍正帝は未開封のままだった手紙を見つけ、己の過ちと取り返しのつかない喪失感に涙するのでした。

 

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歴史解説

清朝の火葬の風習と価値観

ドラマの結末で若曦は火葬を望みました。現代中国では一般的な火葬ですが、王朝時代はあまり一般的ではありません。

もともと満洲族清は中国に進出するまでは火葬の風習を持っていました。でも北京遷都後は儒教的な「身体髪膚これを父母に受く」という考えから土葬が主流となっていきました。

皇室や貴族階級では康熙期から棺槨での埋葬が広がり、乾隆期には火葬を禁止して土葬が原則となります。雍正帝時代はその中間で、火葬は禁止はされていないものの皇族の間では土葬が多かった時代といえます。

それを考えると若曦が火葬を望んだのは、この時代の社会的な決まり事に縛られ、皇族の墓所である「妃園寝」などに埋葬されることを拒否。身分秩序の中に収まるより、自由になりないと願ったといえますね。

 

主な登場人物と結果

 

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宮廷劇
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この記事を書いた人

歴史ブロガー・フミヤ

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京都在住。2017年から歴史ブログを運営し、これまでに1500本以上の記事を執筆。50本以上の中国歴史ドラマを視聴し、史実とドラマの違いを正史(『二十四史』『資治通鑑』など)に基づき初心者にもわかりやすく解説しています。

詳しい経歴や執筆方針は プロフィールをご覧ください。

運営者SNS: X(旧Twitter)

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