中国ドラマ「大宋宮詞(だいそうぐうし) ~愛と策謀の宮廷絵巻~」の大宋宮詞 54・55・56・57・58話あらすじとネタバレ紹介記事です。
真宗の皇陵の不手際のため丁謂は責任を取らせれて左遷。さらに寇準は死の間際に劉娥を認めました。その中で劉娥が垂簾聴政を引き受けるかどうかという重大な決断を迫られます。
この記事で分かること
- 丁謂失脚が一族と宮廷に与えた影響
- 寇準の最期と劉娥への評価の変化
- 趙禎と曹汝・郭清悟の関係と対立の原因
- 「狸猫換太子」伝説と史実の違い
大宋宮詞 53話
丁謂の失脚をきっかけに一族が崩壊、寇準が死去、劉娥が垂簾聴政を担う決断を迫られます。
あらすじ
王欽若は娘の王玉茹が心配になって丁府に行きましたが丁謂に会うことを断られました。王欽若は娘を丁謂から離れさせたいと思いました。でも王玉茹は丁謂と離れるのを嫌がりました。怒った王欽若は帰ってしまいます。
左遷になった丁謂のため。息子の丁献容は妻の陵陽大長公主から皇太后 劉娥へ仲裁をして欲しいと頼みました。でも陵陽長公主は悪いのは丁謂の方だとわかっているので仲裁を断りました。すると怒った丁献容は陵陽長公主を突き飛ばしてしまいます。その結果、陵陽長公主は流産。さらには子の産めない体になってしまいました。
劉娥は寇準の具合を心配して寇府にやってきました。ちょうど寇准が紅葉を煮ているところに来たため一緒に座って話しました。寇準は劉娥の有能さを認めましたが、彼女が武則天のようになることを心配していました。しかし率直に話し合った結果、寇準は劉娥への疑念を解消。もし劉娥が男なら名宰相になっただろうと思うのでした。
そして趙恒出棺の日。寇準は病のために見送りに行くことができず。亡くなってしまいます。
一方、劉娥は臣下から垂簾聴政をするように求められるのですが、躊躇っていました。
解説:史実の寇準と劉娥の関係
寇準は北宋の名臣として知られ、真宗の治世を支えた人物です。一方で劉娥が政治に関わることには否定的でした。史料の『宋史』では、劉娥が政治を行うことに対して批判的な立場をとったことが記録されています。ドラマのようにお互いを認めて和解する場面は確認できません。むしろ寇準は劉氏最後まで否定的だったと考えられています。
史実の寇準は寇準(こうじゅん)契丹から宋を守った強行派の重臣をご覧ください。
大宋宮詞 54話
皇帝・趙禎が即位して3年。初恋の相手 曹汝を想い続ける一方で、皇太后 劉娥は政権の安定のために郭家との縁談を強引に進めようとします。
あらすじ
仁宗 趙禎(ちょう てい)が正式に即位。その横には皇太后 劉娥が座りました。
皇太后 劉娥の垂簾聴政(すいれんちょうせい)することに躊躇いはあったものの引き受けて、正式に垂簾聴政が始まりました。
3年後。趙禎、曹汝、郭清悟はそれぞれ成長しました。
趙禎と曹汝は恋仲になり曹汝は「越人歌」を歌い趙禎は大喜びしました。一方、郭清悟は劉娥が選んだ皇后候補でしたが、趙禎は彼女を妹のように扱っていました。劉娥は今になって初めて趙禎たちの関係を勘違いしていたことを知るのでした。趙禎は夜も眠れず、曹汝のために肖像画と題字を描き翌日には内侍が贈り物を届けた。そんな趙禎を劉娥は心配します。
劉娥は寇準が残した「無才の排除と賢才の登用」の方針に従い、蘇義簡に怠慢な官僚を調査、郭崇信と蘇義簡に武課の科挙を復活、才能ある人材を広く集めて登用するように命じました。
趙禎は玉座に座っている間、朝廷で議論されていることに黙って承認していましたが。心の中では曹汝のことばかり考えていました。
朝議が終わると趙禎は急いで戻り曹汝からの返事があるか確認して大喜びしました。蹴鞠の練習場に行って練習しようとしましたが。そこに郭清悟がやってくると趙禎はイライラしてしまいます。どうも趙禎は清悟を好きになれませんでした。
一方、皇太后 劉娥は郭家との結びつきを強め軍権を強化するため、趙禎と郭清悟を結婚させようと考えていました。
感想と解説
ドラマでは曹汝との恋が描かれていますが、史実では劉太后(劉娥)が決めた郭氏(郭清悟)を皇后に迎えました。史実の趙禎も郭氏を好きではありませんでした。彼はもともと王蒙正の娘を気に入っていましたが、劉太后が「妖艶すぎる」という理由で反対して無理やり郭氏を押し付けたという経緯があります。その後も張氏を好きになり皇后にしようと考えましたが、劉太后に反対されました。
ちなみに、ドラマで登場する「曹氏」は史実では郭皇后が廃された後に登場する二人目の曹皇后ですが、若い頃から恋仲だったという設定はドラマ独自の脚色です。
大宋宮詞 54話
劉娥が郭清悟との婚儀を強引に進めたため、趙禎との対立が決定的になります。
あらすじ
皇太后 劉娥は仁宗 趙禎の皇后に郭清悟を決定。でも郭清悟は趙禎と曹汝の関係を持ち出して不満を言います。劉娥は郭清悟を気に入っていて、郭家を味方にしたいこともあり婚儀の準備を初めます。それを聞いた趙禎は劉娥に反発。劉娥と趙禎の争いが絶えなくなります。
一方、曹鑑は皇帝は結婚できる歳になったとはいえ未だに権力をを持っているのは皇太后なのだと教えると。宮廷の争いに巻き込まれないように孫娘の曹汝に趙禎から離れるように言い聞かせます。
しかし趙禎は曹汝が疎遠になった理由は皇太后の命令だと誤解。ますます趙禎は劉娥に反発するようになります。
一方、王欽若と曹鑑は皇太后が作らせた名簿のことに触れて自分たちの立場が危ないと恐れました。そこで皇太后の垂簾聴政を終わらせようと計画。左遷された丁謂にも手紙を送って味方にしようとします。
婚儀の準備が進む中。趙禎は雨にうたれて病気になったほうがいいとヤケを起こします。劉娥は自分のやっていることを説明しますが、趙禎は皇太后がただ権力を持ちたいだけなのだと反発するのでした。
解説:垂簾聴政に対する朝廷の反発と史実
史実の王欽若は劉娥派の重臣でした。彼は真宗の時代から劉娥に取り入り、彼女が皇后に昇格するときには尽力しました。当時の官僚たちが劉娥の出自を理由に反対する中でも王欽若は彼女を支持し続けたため、後の世では「五鬼(五人の悪人)」の一人に数えられるほどです。
ドラマで彼を劉娥と対立する重臣として描いているのは「孤独な闘いを強いられる劉娥」というヒロイン像を際立たせるための脚色だと言えます。本来の味方ですら敵に回る状況にすることでドラマとしての緊張感を高めているわけですね。
感想と解説
趙禎と劉娥の関係がますます悪化。劉娥の言ってることは正しいのでしょうけど。恋愛真っ最中の若い皇子に大人の理屈を言っても通じませんよね。難しいところです。
大宋宮詞 56話
趙禎が曹汝と都を脱走して民の窮状を知り、さらに山猫皇子の噂が趙禎の耳にも届きます。
あらすじ
仁宗 趙禎は自分に似ている宦官を身代わりにして曹汝と一緒に都を出てしまいます。郭清悟は趙禎が行方不明になったことを知り涙を流します。劉娥は重い病にかかり医師から余命わずかな不治の病と診断されました。
趙鎮は身分を隠して曹汝とともに蘇洵の家がある平江に向かいました。
劉娥は病気を隠すために宮廷に行くたびに手の込んだ化粧をして着飾り、皇太后としての威厳を保ち、体の痛みを隠すのに必死でした。蘇義簡は都中を探しても皇帝は見つからず、都を出たのだろうと報告しました。劉娥は自分のしつけが厳しすぎたのかと罪悪感を感じます。
やがて大臣たちが宮殿に行っても趙鎮の姿は見えず、重臣たちは皇帝はどこにいるのかと騒ぎ出しました。
趙鎮は蘇明允の家に泊まっていました。趙鎮は地元の役人の横暴さを聞き、自分が報告で聞いていたのとは違うのを知り驚きます。そしてお忍びで民の声を聞くことにしました。
すると茶屋で語り部が「先帝の皇后は妃の生んだ皇子を山猫に取りかえて自分の子供にした。今の皇帝は敵を母だと思っている」と話をしていました。その話に趙鎮はショックをうけ、そういえば幼いころ宮中で宸妃を見た記憶を思い出すのでした。
解説:中国で最も有名な伝説「狸猫換太子」
劇中で趙禎が耳にする「山猫に取り替えられた皇子(狸猫換太子)」は、中国で人気のある伝説で、古典芸能や小説の題材にもなっています。史実では、仁宗の生母は劉娥ではなく侍女出身の李宸妃(李氏)ですが、劉娥が無理やり奪ったわけではなく、真宗(先帝)の同意のもとで劉娥の養子として育てられました。
「山猫」の話は後世(主に明代の『三侠五義』など)に作られた物語ですが、当時の人々が抱いていた「権力者・劉娥」への恐怖や、悲劇の母・李氏への同情がこうしたセンセーショナルな物語を生み出したと考えられています。
ドラマではこの有名な伝説を、趙禎が自身の出生に疑問をもつためのきっかけとして取り入れています。
キャスト
- 劉娥(皇太后)
垂簾聴政を決断し実権を握る/趙禎との関係が悪化 - 趙禎(皇帝・仁宗)
恋に傾き政務から心が離れる/都を脱出し現実を知る - 丁謂(宰相)
失脚により一族崩壊へ - 寇準(重臣)
劉娥を認めつつ死去 - 曹汝
趙禎と恋仲になるが距離を置くことに - 郭清悟(皇后候補)
政略結婚の駒となり、趙禎に拒まれる


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