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瓔珞 64話・65話・66話 順嬪の皇帝暗殺未遂と第五皇子の負傷

瓔珞 第64話・第65話・第66話では、順嬪が乾隆帝の暗殺しようとしましたが失敗。その後、瓔珞と皇后が停戦を約束します。しかし10年後、皇位継承をめぐって皇子たちの争いが始まり、第五皇子が銃の爆発で大けがを負ってしまうのでした。

 

瓔珞 64~66話の内容

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64話 
順嬪が乾隆帝の暗殺に失敗して幽閉され、妊娠が判明した瓔珞は皇后と子供を傷つけない約束を交わします。

65話 
第五皇子が瓔珞を実の母のように慕う一方、袁春望は皇后に第五皇子の排除を勧めます。

66話 
第四皇子が銃に細工をさせたことで第五皇子が負傷し、第四皇子自身も皇后に毒殺されそうになったと聞かされます。

 

他のエピソードを見たい方は
瓔珞 あらすじ ネタバレ一覧をご覧ください。

ネタバレ要素もあるのでご注意下さい

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瓔珞 64話 停戦協定

順嬪の襲撃と麗景軒への幽閉

順嬪(沉壁)は瓔珞への嫉妬と乾隆帝や傅恒への恨みを隠さなくなります。そして突然かんざしを抜いて乾隆帝を殺そうとしました。しかし、傅恒が皇帝をかばって攻撃を受けとめました。
計画が失敗した順嬪は激しく罵りますが、乾隆帝は彼女が正気を失ったとして麗景軒に幽閉するよう命じました。

乾隆帝と瓔珞の仲直り

事件の後、瓔珞は乾隆帝に自分の考えを話します。乾隆帝が順嬪に贈った品物は装飾品ばかりで瓔珞に嫉妬させるためだったと気づいていました。

さらに乾隆帝が順嬪の異常を知りながら黙っていたのは、瓔珞が傅恒と駆け落ちするか確かめるためだったと指摘します。乾隆帝は言い返せずに瓔珞を抱きしめました。

皇太后の怒りと瓔珞の懐妊

皇太后は瓔珞を呼び出して順嬪を和安公主の生まれ変わりだと紹介したことについて問いただします。瓔珞は順嬪を救うためについた嘘だったと認めました。
皇太后は激怒して処罰を命じようとします。乾隆帝もかばいますが、怒りは収まりません。そこへ葉天士が瓔珞の妊娠三か月を報告します。皇太后は皇帝の子供に免じて処罰を取りやめました。乾隆帝は大喜びし、瓔珞は男の子が生まれるよう願います。

皇后と瓔珞の停戦協定

その後、皇后が瓔珞を訪ねます。瓔珞に皇后の座を奪うつもりがないと知った皇后は、互いの子供を犠牲にしないことを条件に争いをやめる約束を交わすのでした。

 

順嬪が乾隆帝を襲ったのは史実?香妃伝説との関係

ドラマでは順嬪(沉壁)が乾隆帝を殺そうとしました。実はこの場面には、乾隆帝の妃にまつわる有名な香妃伝説が元になっています。

史実にも順嬪のモデルとなった鈕祜禄(ニオフル)氏がいました。湖広総督・愛必達の娘で、1768年に順嬪となり、1776年には順妃に昇格しました。しかし1788年には順貴人に降格されています。降格の理由は詳しく分かっていません。乾隆帝を暗殺しようとしたという記録もありません。

一方、香妃伝説には故郷を征服された女性が乾隆帝の後宮に入れられ、皇帝を憎んで短刀を隠し持っていたという話があります。皇太后は皇帝が殺されることを心配して香妃に死を命じたと伝えられています。

香妃のモデルとされる容妃・和卓氏も実在しましたが、暗殺を企てたという話は後世の伝説です。

つまりドラマの順嬪は実在した順妃の名前や家柄と香妃伝説の暗殺話を組み合わせた人物なのです。

 

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瓔珞 65話 口うるさい皇子

皇后の不安と袁春望の進言

10年が過ぎ、継皇后は年齢を気にして気難しくなっていました。皇后は息子の第十二皇子に厳しくしすぎているのではないかと袁春望に相談します。
袁春望は乾隆帝が第五皇子を高く評価していることを指摘し、第五皇子を排除するよう勧めました。しかし皇后は皇子を傷つけないと瓔珞に約束したことを理由にためらいます。

珍児は皇太子の話を持ち出した袁春望を非難しますが、袁春望は第五皇子が即位すれば皇后たちが不利になると警告しました。

瓔珞を心配する第五皇子

第五皇子は毎日のように瓔珞を訪ねて体調を気遣っていました。何度も説教される瓔珞は訪問を聞くと箱に隠れてしまいます。
小全子は昼寝中だと説明しますが第五皇子は帰りません。そこへ乾隆帝が現れ、瓔珞が隠れていると知りながら第五皇子と囲碁を始めました。
我慢できなくなった瓔珞が箱から出ると、第五皇子は実の母親のように慕っているから心配なのだと説明します。瓔珞は元気だから毎日来なくてよいと告げました。

乾隆帝と瓔珞の約束

乾隆帝は、瓔珞が自分の体調を気にして子供たちとの親しい付き合いを避けていると気づいていました。自分が亡くなったときに子供たちを悲しませたくないという瓔珞の考えを察して末永く一緒に暮らそうと約束させます。

皇后のオウムの死

夜中。皇后は気分が悪くなって目を覚まし、弘昼から贈られたオウムが死んでいることに気づきます。
袁春望は弘昼に新しいオウムを頼むとともに、皇后を助けて第十二皇子を皇太子にするよう遠回しに働きかけるのでした。

 

第十二皇子・永璂は実在した?

ドラマで袁春望が皇太子にしようとしている第十二皇子・永璂(えいき)は実在した人物です。1752年に乾隆帝と継皇后・輝発那拉氏の間に生まれました。

永璂は皇后が産んだ嫡子なので皇位継承では有利な身分でした。しかし1765年、母の継皇后が乾隆帝の南巡中に突然髪を切り、皇帝の怒りを買ってしまいます。継皇后は皇后の称号こそ維持したものの、待遇を引き下げられました。

永璂も皇太子にはなれず、生前に親王や郡王などの爵位を授けられることもありませんでした。
その後は満洲語とモンゴル語の辞典編纂などに携わりましたが、1776年に24歳で亡くなりました。

1799年になって、弟の嘉慶帝から貝勒の爵位を追贈されています。

永璂(えいき):乾隆帝の第12皇子はどうなった?
永璂(えいき)の生涯を解説。乾隆帝の十二皇子として生まれ、後継者候補と目されていましたが母の突然の失脚により運命が大きく変わります。皇位継承からも外れ、残りの人生は文化的な活動に励んみました。永璂の生涯をわかりやすく紹介します。

 

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瓔珞 66話 二重の暗殺劇

乾隆帝と瓔珞の皇子教育をめぐる口論

乾隆帝は皇后が若返りのために何かしていると気づきますが、調査は命じません。夜には瓔珞を訪ね、子供たちを甘やかしすぎだと注意します。

瓔珞は皇族の子供には自由が少ないため、楽しく暮らしてほしいと反論しました。二人はじゃれ合いを始めて乾隆帝は腰を痛めてしまいます。

瓔珞は第五皇子を皇太子にして自分の息子である第十五皇子には気楽に暮らしてほしいと話しました。第五皇子も第十五皇子の教育を心配して自分が勉強を教えると言います。

第四皇子の嫉妬と銃への細工

第四皇子は贈り物を持って皇后を訪ねますが、珍児に面会を断られます。その後、皇后の実子・第十二皇子が励まされているのを見て、自分は実子ほど大切にされていないと感じました。

第四皇子は乾隆帝にも皇后にも認めてもらおうと考え、第五皇子に恥をかかせるため太監を使って銃に細工をさせます。

第五皇子の銃の爆発と傅恒の調査

第五皇子は乾隆帝の前で銃の演習を行いました。しかし銃が突然爆発して脚に深刻な傷を負いました。医師は治療しても後遺症が残る可能性があると診断します。

瓔珞は第五皇子が十分に準備していたことから、事故を疑います。傅恒が調査すると第四皇子の側近の太監が武備庫に入っていた記録が見つかりました。

第四皇子への毒殺疑惑と皇后への不信

第四皇子は第五皇子の負傷事件が自分に及ぶことを恐れていました。そんな中、珍児から皇后が自分に毒を盛ろうとしたと聞かされます。

養母である皇后を信じていた第四皇子は大きな衝撃を受けました。さらに銃の事故への関与を疑われ、皇后との対立も深まっていくのでした。

 

第四皇子・永珹は実在した?史実ではどうなった?

ドラマでは第五皇子・永琪を妬み、銃に細工をさせた第四皇子・永珹(えいせい)は実在した人物です。1739年に乾隆帝と嘉嬪・金佳氏の間に生まれました。母親は後に嘉貴妃となり死後に淑嘉皇貴妃の称号を贈られています。

ドラマでは母親と引き離された永珹を継皇后が養子として育てています。しかし、史実で継皇后が永珹を養育したと確認できる記録はありません。

1763年、康熙帝の第十二皇子・允祹(いんとう)が亡くなると、乾隆帝は永珹に允祹の家を継がせ、履郡王の爵位を授けました。これにより永珹は皇帝の後継者ではなく、履親王家の後継者となりました。

永珹は1777年に38歳で亡くなり、1799年には嘉慶帝から履親王の爵位を追贈され、履端親王と呼ばれるようになりました。

ドラマでは第五皇子を陥れようとして大事件を起こしますが、史実の永珹が第五皇子の暗殺を企てたという記録はありません。皇后に毒殺されそうになったという話もドラマの創作です。

永珹の詳しい経歴はこちらで紹介しています。

永珹 乾隆帝の第四皇子・金氏の息子の史実
第四皇子 永珹は清朝 乾隆帝の四皇子。母は淑嘉皇貴妃金氏。聡明で野心家だったが、乾隆帝の信頼を失い、和碩履懿親王を継ぐ。ドラマ『瓔珞』『如懿伝』では違う演出がされますが。母や周囲の影響で誤った人生を歩むところは共通しています。

 

主な登場人物

  • 魏瓔珞:乾隆帝の側室・令妃
  • 乾隆帝に愛される妃。順嬪の事件を乗り越えて乾隆帝と仲直りし、皇后とも停戦を約束します。10年後には第五皇子から実の母のように慕われています。

  • 乾隆帝:清の皇帝。順嬪の襲撃を免れ、瓔珞とも仲直りします。第五皇子を高く評価していますが、その第五皇子が銃の事故で負傷してしまいます。

  • 継皇后:乾隆帝の皇后で、第十二皇子の母。瓔珞とは互いの子供を傷つけない約束を交わしますが、袁春望から第五皇子の排除を勧められます。

  • 順嬪(沉壁):乾隆帝の妃。乾隆帝を殺そうとして失敗し、正気を失ったとして麗景軒に幽閉されます。

  • 傅恒:乾隆帝に仕える重臣。順嬪の襲撃から乾隆帝を守り、第五皇子の負傷事件では第四皇子の側近が武備庫に入った記録を発見します。

  • 袁春望:皇后に仕える太監。第五皇子を排除して第十二皇子を皇太子にするよう皇后や弘昼に働きかけます。

  • 第五皇子・永琪:乾隆帝の第五皇子。瓔珞を実の母のように慕い、乾隆帝からも期待されていますが、銃の爆発で脚に深刻な傷を負います。

  • 第四皇子・永珹:乾隆帝の第四皇子。第五皇子への嫉妬から銃に細工をさせますが、事件への関与を疑われ、養母の皇后にも不信を抱きます。

  • 第十二皇子・永璂:乾隆帝と継皇后の息子。皇后から皇位継承を期待され、厳しく教育されています。

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この記事を書いた人

歴史ブロガー・フミヤ

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京都在住。2017年から歴史ブログを運営し、これまでに1500本以上の記事を執筆。50本以上の中国歴史ドラマを視聴し、史実とドラマの違いを正史(『二十四史』『資治通鑑』など)に基づき初心者にもわかりやすく解説しています。

詳しい経歴や執筆方針は プロフィールをご覧ください。

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