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瓔珞 67話・68話・69話あらすじ!第四皇子の幽閉と南巡の陰謀

瓔珞 67話~69話では、第五皇子の負傷事件で第四皇子が宗人府に幽閉され、さらに第十五皇子まで毒殺されそうになります。

皇后は第四皇子に恨まれ、乾隆帝からも南巡への同行を断られてしまいました。
第四皇子は継皇后を母として慕っていたのに、最後には自分を陥れたと訴えることに。

一方、袁春望は皇子たちを傷つけ、弘昼まで利用して恐ろしい計画を進めています。皇后は自分が利用されていることに、いつになったら気づくのでしょう。

 

瓔珞 67~69話の内容

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67話 
第五皇子の負傷事件で第四皇子が宗人府に幽閉され、継皇后は息子との関係を修復できなくなります。

68話 
第十五皇子が毒を塗られた筆で命を狙われ、継皇后は皇太后から厳しく叱責されます。

69話 
南巡中の継皇后が弘昼の計画に協力する一方、第五皇子の治療が妨害され、皇太后の船室で火災が発生します。

 

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瓔珞 あらすじ ネタバレ一覧をご覧ください。

ネタバレ要素もあるのでご注意下さい

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瓔珞 67話 深まる亀裂

四皇子を追い詰める元宵の調査

四皇子は、五皇子の銃に細工をした疑いをかけられ、乾隆帝の前で継皇后と対面します。継皇后は五皇子を傷つけていないと誓い、四皇子の訴えを否定しました。李総管が調査内容を報告すると、問題の元宵に毒はなく、太医も珍児はその日四皇子と会っていないと証言しました。四皇子は継皇后が自分を陥れたと思い、これまで懸命に仕えても母として認めてもらえなかった悔しさを訴えます。

宗人府へ連行される四皇子

乾隆帝は四皇子に罪がないと知っていますが、五皇子を傷つけた疑惑を公に覆すことができません。結局、四皇子は宗人府に連行されて幽閉されます。皇后は五皇子の負傷が四皇子の仕業だと信じて袁春望の策略には気づきません。四皇子を救うこともできず、皇后は激しい頭痛に苦しむようになります。

魏瓔珞による十五皇子の保護

魏瓔珞は負傷した五皇子の治療のために医師の葉天士を捜そうとします。さらに乾隆帝を訪ねて傷ついた五皇子のそばにいてほしいと頼みました。乾隆帝は二人とも自分の息子であると苦悩します。

魏瓔珞は継皇后が今回の事件に関係していると疑って十五皇子にも被害が及ぶことを心配します。乾隆帝は十五皇子を守ると約束。親王の爵位を授けたうえで皇子府の警備を強化するよう命じます。

継皇后の南巡同行への執着

そのころ、乾隆帝は頭痛に苦しむ継皇后に間近に迫る南巡には同行せず、宮中で療養するよう勧めます。しかし継皇后は皇帝とともに南巡へ行かなければ皇后としての威厳が損なわれると考え同行することにこだわるのでした。

 

五皇子は実在する?足の怪我は本当?

第五皇子 永琪(えいき)は実在の人物です。乾隆帝と愉妃の間に1741年に生まれました。学問や武芸に優れ、乾隆帝から特に期待されていた皇子です。

ドラマでは第四皇子の策略で銃が暴発して第五皇子は足を怪我しました。史実でも永琪は足の病気に苦しんでいましたが、銃の事故が原因というわけではありません。もちろん四皇子が仕組んだわけでもありません。

永琪が患っていたのは「附骨疽(ふこつそ)」という病気です。骨の周囲に炎症や膿ができる病気で現代の骨髄炎などに相当すると考えられています。

病状は次第に悪化して乾隆帝は1765年に永琪を栄親王にましたが、治療の効果はなく、翌1766年に25歳で亡くなっています。

永琪(えいき)の史実・第五皇子は乾隆帝に期待されていた
永琪は乾隆帝の5皇子。文武両道に秀でた優れた才能の持ち主。乾隆帝の寵愛を受け、次期皇帝候補とされていましたが、若くして病没しました。彼の生涯と人物像を紹介します。

 

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瓔珞 68話 悪魔の提言

五皇子の願いによる継皇后の南巡同行

乾隆帝は体調の悪い継皇后に南巡への同行を認めていませんでしたが、五皇子が父を説得して許可を得ます。

五皇子自身も江南にいる名医・葉天士に足の怪我を診てもらいたいと願い出て同行を認められました。

十二皇子から報告を受けた継皇后は喜びますが、五皇子の口添えによるものだと知って腹を立てます。十二皇子が長時間ひざまずいて頼んでも許されなかったのに、五皇子の願いはすぐに聞き入れられたからです。その皇后が不満を募らせる様子を袁春望は見ていたのでした。

狼毫筆に仕込まれた毒と十五皇子の異変

宮中では小太監が十五皇子にぶつかったときに密かに筆をすり替えていました。その後、十五皇子が突然毒に侵されます。魏瓔珞は十五皇子が使っていた狼毫筆に毒が塗られていたと説明します。十五皇子には筆先をなめる癖があり、そこから毒が体内に入ったのでした。幸い命は助かりました。

舒妃の告発と皇太后の叱責

十五皇子の毒殺未遂を知った慶貴人と舒妃は互いを疑って口論になります。しかし舒妃は、誰かが自分に罪を着せようとしたのではないかと考え、継皇后を疑い始めました。
魏瓔珞は慎重な継皇后がこれほど露骨な方法を使うとは考えられず、別の人物が関わっている可能性を疑います。それでも舒妃は皇太后に訴えました。皇太后は継皇后を呼び出してひざまずかせ、皇子たちに危害を加えないよう厳しく警告するのでした。

 

狼毫筆とは?狼の毛を使った筆ではない

十五阿哥の毒殺未遂事件では筆先に毒を塗った狼毫筆が使われました。狼毫筆とは、主にイタチ科の動物である黄鼠狼(コウライイタチなど)の尾の毛を使った筆です。名前に「狼」とありますが、狼の毛を使った筆ではありません。
黄鼠狼の毛には適度な弾力があって細かな文字や絵を描くのに適しています。清朝でも使用され、北京の故宮博物院には乾隆年間に製作された「竹管蘭亭賞狼毫筆」が所蔵されています。

筆に毒を塗って十五皇子に危害を加えるのはドラマの脚色ですが、狼毫筆そのものは清朝で実際に使用されていました。

 

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瓔珞 69話 船上の騒乱

乾隆帝の船上の宴と継皇后の不満

南巡に向かう船上で乾隆帝は各地の役人から献上された美女たちの歌や踊りを楽しんでいました。袁春望からその話を聞いた継皇后は、身分の低い女性たちを皇帝が寵愛することに腹を立てます。宴の席でも皇后は乾隆帝に皇帝としての名声を損なわないよう諫めますが、乾隆帝は舞姫たちの踊りを楽しみ続けました。

魏瓔珞の提案と乾隆帝の困惑

継皇后は魏瓔珞に乾隆帝を説得するよう求めます。ところが瓔珞は皇帝を諫めるどころか、美女たちを後宮に迎えてはどうかと提案しました。さらに杭州でも優れた歌姫を捜そうと言い出したため、乾隆帝は慌てて瓔珞を制止します。二人の親しげなやり取りを見た継皇后は、乾隆帝に対する不満をさらに募らせました。

継皇后と弘昼の密会

継皇后は弘昼と密会し、十二皇子の将来を守るためには行動を起こすべきだと説得されます。皇后は長年自分を支えてくれた弘昼に感謝し、彼の計画に従うと約束しました。しかし、その裏では伝書鳩を使って外部へ密かに連絡していました。

袁春望による計画の前倒し

珍児は継皇后が独自に連絡を取っていることを袁春望に報告します。皇后が別の計画を進めていると知った珍児は、弘昼たちの計画が失敗するのではないかと心配しました。袁春望は弘昼に知らせて、予定より早く計画を実行させようとします。

五皇子の治療と皇太后の船室の火災

一方、魏瓔珞は葉天士を捜し出し、五皇子の足の治療を依頼します。葉天士は虫を使った治療を始めますが、用意された虫は別の毒虫にすり替えられていました。毒虫によって五皇子の傷は悪化し、瓔珞まで傷つけられます。さらに皇太后の船室から火が出て、船内は騒然となりました。

 

乾隆帝はなぜ南巡を行ったの?

乾隆帝は在位中に合計6回南巡を行ってます。主に北京から大運河などを利用して江蘇省や浙江省を訪れ、治水工事の視察や地方官の監督、各地での祭祀などを行いました。康熙帝も南巡を行っていました。
ドラマのモデルになったのは1765年(乾隆30年)の第四次南巡です。

清朝の皇帝が南巡を行なうのは江南の経済や治水事業を監督して漢人の有力者たちとの関係を良好に保つためです。

江南は米や絹織物などの生産が盛んな地域で、清朝の財政を支えていました。江南から北京へ米を運ぶ大運河も重要でした。皇帝は黄河や淮河の堤防工事を視察し地方官に治水対策を指示しました。
政治的な目的もありました。清朝は満州人が建国した王朝です。明への忠誠心を持つ漢人もいたため清の皇帝は明の初代皇帝・朱元璋の陵墓を参拝し、漢人の学者や有力者を厚遇して清朝への協力を求めました。

乾隆帝は母の皇太后を伴って江南の名所を訪れ、庭園や寺院で景色を楽しむこともありました。ただし、大勢の随行員を伴う南巡には多額の費用がかかり、地方にも負担をかけました。とくに乾隆帝の南巡は派手だったので費用もかかったようです。

 

主な登場人物

  • 魏瓔珞:乾隆帝の側室・令妃
  • 第五皇子の治療に尽力し、第十五皇子を守ろうとします。継皇后だけでなく、別の人物が事件に関わっている可能性も疑っています。

  • 乾隆帝:清朝第6代皇帝。第四皇子を幽閉する一方、第十五皇子には親王の爵位を授け、警備を強化します。継皇后との関係も悪化しています。

  • 継皇后(輝発那拉氏):乾隆帝の皇后。第四皇子から恨まれ、皇太后にも叱責されます。十二皇子の将来を心配するあまり、弘昼の計画に協力することを決めました。

  • 弘昼(和親王):乾隆帝の弟。継皇后を説得して協力を取り付け、南巡中に計画を実行しようとしています。

  • 袁春望:継皇后に仕える太監。皇后にも知らせず皇子たちを陥れ、弘昼の計画を予定より早く実行させようとします。

  • 第四皇子・永珹:乾隆帝の皇子。第五皇子の負傷事件で疑われ、継皇后への不信を募らせたまま宗人府に幽閉されます。

  • 第五皇子・永琪:乾隆帝と愉妃の息子。足の負傷で治療を受けますが、毒虫を使った妨害によって傷が悪化します。

  • 第十五皇子・永琰:魏瓔珞の息子。筆先に塗られた毒で命を狙われますが、一命を取り留めます。

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宮廷劇
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この記事を書いた人

歴史ブロガー・フミヤ

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京都在住。2017年から歴史ブログを運営し、これまでに1500本以上の記事を執筆。50本以上の中国歴史ドラマを視聴し、史実とドラマの違いを正史(『二十四史』『資治通鑑』など)に基づき初心者にもわかりやすく解説しています。

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