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瓔珞<エイラク>第32話・33話・34話・35話 高貴妃の最後

中国ドラマ 瓔珞<エイラク>第32話・33話・34話・35話。

高貴妃が万紫千紅で大やけどを負い、嫻妃の復讐だったと知った末に自害しました。嫻妃は貴妃へ昇進。傅恒は瓔珞を救うため爾晴との結婚を受け入れ、瓔珞との関係に区切りをつけるのでした。

 

瓔珞 32~35話の内容

読みたい話数をタップすると、すぐにエピソードが表示されます。

32話 
嫻妃の復讐で重傷を負った高貴妃が乾隆帝の前で最後の舞を踊り、自ら命を絶ちます。

33話 
嫻妃が貴妃へ昇進し、純妃の傅恒への恋心が明らかになる中、瓔珞の言葉が政務に悩む乾隆帝を後押しします。

34話 
瓔珞を救うため傅恒が爾晴との結婚を受け入れ、瓔珞は傅恒に二度と会わないと告げます。

35話 
純妃は傅恒への恋が一方通行だったと知り、目覚めた皇后は乾隆帝が瓔珞を望んでいるのではないかと問いただします。

 

他のエピソードを見たい方は
瓔珞 あらすじ ネタバレ一覧をご覧ください。

ネタバレ要素もあるのでご注意下さい

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瓔珞 32話 舞に散りて

32話のストーリー

万紫千紅で高貴妃が大やけど

高貴妃は皇太后の誕生日に「万紫千紅」を披露するため、乾隆帝と嫻妃を稽古へ招きます。ところが演者が熱した鉄を高貴妃へ浴びせ、高貴妃は背中に深いやけどを負いました。乾隆帝をかばった嫻妃も肩を負傷します。

嫻妃が高貴妃に真相を告げる

葉天士は鉄に金汁が混ぜられていたと確認。傷が悪化すると嫻妃が儲秀宮を訪れ、自分が金汁を加えたと明かします。父を罪に追い込み、家族を苦しめた高貴妃への復讐でした。

高貴妃が最後の舞を披露

助からないと知った高貴妃は乾隆帝の前で踊り、実母の葬儀を認めてほしいと願います。その後、楊貴妃の最期を演じて自害。乾隆帝は高貴妃を皇貴妃として葬るよう命じました。

史実の貴妃 高氏はやり手だった?

ドラマの最初から宮中のボスキャラ的存在だった貴妃 高氏が亡くなりました。『瓔珞』では高貴妃が富察皇后と対立して嫻妃の家族を追い込んだり、後宮でさまざまな策略を行います。

史実の高氏は乾隆帝が皇帝になる前から仕えていた側室です。弘暦がまだ皇子だった時代に側福晋となり、乾隆帝即位後に貴妃になり、死後に「慧賢皇貴妃」の称号を与えられました。父の高斌は治水で功績をおさめた重臣でした。

ドラマと違って皇后と対立したり他の妃を陥れたという記録はありません。むしろ皇后には素直に従っていたようです。乾隆帝や皇太后に取り入るのがうまく、侍女や他の側室たちに金品を贈り味方にしていたと言われます。ドラマのような悪女ではありませんが、要領の良い人だったようです。最後は病気になり死亡しています。

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瓔珞 33話 皇帝の苦悩

33話のストーリー

瓔珞が密かに皇后を見舞う

袁春望と義兄妹になった瓔珞は皇后の容体が悪いという話を聞き長春宮へ向かいます。傅恒は明玉と相談して瓔珞が夜に皇后を見舞えるよう手配していました。

嫻妃が貴妃に昇進

嫻妃は万紫千紅で負った傷が治らないまま、高貴妃の葬儀を担当します。皇太后と乾隆帝はその働きを高く評価して嫻妃を貴妃に昇進させました。

純妃が傅恒への思いを明かす

純妃は傅恒に瓔珞との噂を問いただします。傅恒が瓔珞への気持ちを認めると、純妃はショックを受けました。実は純妃自身も傅恒を愛していたのです。

乾隆帝と瓔珞が語り合う

水害と政務に悩む乾隆帝は長春宮で瓔珞に本音を話します。瓔珞は皇后が乾隆帝の詩を覚えていた理由を伝え、民のために一つずつ問題を解決すればよいと励ましました。

乾隆帝はその後、民の負担を減らす政策を決めるのでした。

 

嫻妃が嫻貴妃になったのは史実?

第33話では皇后の代わりに後宮を管理していた嫻妃が高貴妃の死後に貴妃に昇進しました。

嫻妃のモデルは後に乾隆帝の二人目の皇后となった継皇后 輝発那拉氏です。輝発那拉氏は乾隆帝即位後に嫻妃になり、乾隆10年(1745年)に嫻貴妃に昇進しました。さらに富察皇后の死後には皇貴妃として後宮を担当し、乾隆15年に皇后になりました。

ドラマでは高貴妃の葬儀を懸命に行ったり、乾隆帝をかばって負傷したとが昇進の理由として描かれますが、こうした事実はありません。

継皇后(嫻妃) ホイファナラ(ウラナラ)氏:如懿・淑慎のモデルの史実

 

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瓔珞 34話 卑怯な提案

34話のストーリー

爾晴が乾隆帝に二人を見せる

乾隆帝は瓔珞を辛者庫から赦免しようと考えます。ところが長春宮で傅恒と話す瓔珞を見つけた爾晴が乾隆帝を裏庭へ誘導。二人を見た乾隆帝は怒って赦免を取りやめました。

呪い人形で瓔珞が疑われる

純妃の指示を受けた劉女官は瓔珞の庫房に高貴妃を呪う人形を隠します。瓔珞は紐の結び方と木の乾き具合から自分の物ではないと主張し、劉女官の企みを明らかにしました。

傅恒が爾晴との結婚を選ぶ

巫術の疑いは晴れますが、乾隆帝は傅恒との密会を理由に瓔珞を拘束します。爾晴は傅恒に自分と結婚すれば瓔珞を救えると提案。傅恒はその提案を受け入れ、釈放された瓔珞に結婚を告げます。瓔珞は傅恒に二度と会わないと告げて辛者庫へ戻るのでした。

 

富察傅恒は実在する?

史実の富察傅恒も富察の弟で皇帝から信頼の厚い侍衛でした。後には軍を率いて遠征も行っています。

ドラマでは魏瓔珞と富察傅恒は恋愛対象になっていますが、史実ではそのような話はありません。

魏瓔珞のモデルになった魏氏は内務府選秀で入宮して早い時期に乾隆帝の側室になったようです。魏氏は富察皇后から教育を受けていたようなので、目にする機会がゼロとは言えませんが。恋仲になる機会はなかったのではないかと思われます。年齢的には傅恒が5歳年上なので、ほぼ同世代です。ただし劇中でも触れられていましたが、富察氏は名門。魏氏は満洲貴族に仕える奉公人の家系なので魏氏が傅恒の正妻になる可能性は限りなく低いです。

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瓔珞 35話  縁談の波紋

ストーリー

純妃が傅恒への思いを告白

傅恒が爾晴との結婚を受け入れると、純妃は傅恒を呼び出します。純妃は昔贈った房飾りを傅恒が長年使っていたため、思いが通じていると信じていました。しかし傅恒は皇后からもらった品だと思っていただけでした。玉壺が純妃の恋文を渡していなかったことも判明します。

嫻貴妃が純妃に接近

嫻貴妃は劉女官を純妃のもとへ連れてきます。劉女官は瓔珞を陥れたのは純妃の命令だと証言しますが純妃は否定。嫻貴妃は劉女官の舌を切らせました。

その後、嫻貴妃は純妃に自分の子を持つことを考えるよう勧めます。

皇后が乾隆帝の本心を指摘

昏睡していた皇后が目覚めました。皇后は傅恒にも乾隆帝にも爾晴との縁談を考え直すよう求めました。しかし乾隆帝は拒否。皇后は乾隆帝自身が瓔珞を妃にしたいから傅恒との結婚を認めないのではないかと問いかけます。乾隆帝は認めないまま長春宮を去るのでした。

 

純妃は実在した?傅恒への恋は史実なのか

純妃には実在したのモデルがいます。史実の純恵皇貴妃蘇氏は乾隆帝の側室で、永璋、永瑢、和碩和嘉公主を産みました。

ドラマでは純妃が若いころから傅恒を愛していた。傅恒の姉を守るために乾隆帝の側室になったと言ってますが。それはドラマの脚色です。

むしろ史実の蘇氏は乾隆帝との間に複数の子供がいますし、ドラマのように長年乾隆帝の寵愛を避け続けていたというわけではありません。むしろ乾隆帝からは愛されていたほうです。

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主な登場人物

  • 魏瓔珞:辛者庫で働く宮女
    密かに皇后を見舞い、政務に苦しむ乾隆帝を励まします。傅恒が爾晴との結婚を決めると、二度と会わないと告げて辛者庫へ戻ります。
  • 高貴妃:乾隆帝の妃
    「万紫千紅」の最中に熱した鉄を浴びて重傷を負います。嫻妃の復讐だったと知り、乾隆帝の前で最後の舞を披露した後、自ら命を絶ちます。
  • 嫻妃/嫻貴妃:乾隆帝の妃
    家族を苦しめた高貴妃への復讐として鉄に金汁を加えたことを本人に明かします。高貴妃の死後は葬儀を任され、その働きを認められて貴妃へ昇進します。
  • 富察傅恒:皇后の弟、乾隆帝の側近
    瓔珞への思いを純妃に認めますが、瓔珞を救うため爾晴との結婚を受け入れます。純妃から贈られた房飾りについては、皇后からの品だと思い込んでいました。
  • 爾晴:長春宮の宮女
    傅恒と瓔珞が話している姿を乾隆帝に見せ、瓔珞の赦免を阻みます。その後、瓔珞を救う条件として傅恒に自分との結婚を持ちかけ、承諾させます。
  • 純妃:乾隆帝の妃
    傅恒への長年の思いを告白しますが、恋文が本人へ渡っておらず、房飾りにも自分の気持ちが伝わっていなかったと知ります。嫻貴妃からは自分の子を持つことを考えるよう勧められます。
  • 富察皇后:乾隆帝の皇后
    昏睡から目覚め、傅恒と爾晴の縁談を考え直すよう求めます。乾隆帝が拒むと、瓔珞を自分の妃にしたいからではないかと本人に問いかけます。
  • 乾隆帝:清の皇帝
    高貴妃を皇貴妃として葬るよう命じ、嫻妃を貴妃へ昇進させます。瓔珞への赦免を一度は考えるものの傅恒との関係に腹を立てて撤回し、皇后から瓔珞への本心を問いただされます。

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この記事を書いた人

歴史ブロガー・フミヤ

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京都在住。2017年から歴史ブログを運営し、これまでに1500本以上の記事を執筆。50本以上の中国歴史ドラマを視聴し、史実とドラマの違いを正史(『二十四史』『資治通鑑』など)に基づき初心者にもわかりやすく解説しています。

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