中国ドラマ『天啓異聞録(てんけいいぶんろく)』(原題:天启异闻录)は、明朝末期・天啓帝の時代を舞台にした全12話のサスペンス時代劇です。
錦衣衛、魏忠賢、遼東戦線、韃靼(モンゴル)騎兵、ポルトガル人商人、そして明末を襲った疫病など。言葉だけ見るとかなり物騒ですが、ドラマ自体は「怪異ホラー寄りのエンタメ作品」です。
この記事では
- 主人公の所属する錦衣衛とその背後はどんな勢力なのか?
- いつ・どこでどんな政治状況の話なのか?
- 韃靼武人やポルトガル人がなぜ出てくるのか?
- “怪病”は史実とどう関係しているのか?
といった時代背景と史実との関係をわかりやすく紹介します。
ドラマの詳しいあらすじやネタバレには踏み込まないので、ネタバラしされたくない方も安心して読んでくださいね。
『天啓異聞録』はどんなドラマ?
『天啓異聞録』は
明末の政治不安と疫病不安を背景にした、怪異ホラー寄りサスペンス時代劇
です。ロマンス中心の宮廷劇ではありません。
中国ドラマ『天啓異聞録』は明朝末期・天啓帝の時代を舞台にした全12話の短編サスペンス時代劇。
皇帝直属の秘密警察・錦衣衛に属する褚思鏡(ちょ・しきょう)が、遼東の辺境で起きた怪病騒ぎと弟の失踪の謎を追うところから物語が始まります。
実在した明朝の天啓帝の時代を舞台にしているのですが。華やかな宮廷ものやラブ史劇とは違い。
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明末の政治的な行き詰まり
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疫病への恐怖
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国境地帯の不安定さ
という王朝自体が滅亡のカウントダウン段階に入った状態にあって。その不安な時代を怪物・人体実験・陰謀といった形で目で見て分かる形でデフォルメした作品といえます。
というわけで。
ドラマを楽しむなら、ラブ史劇でも歴史再現ドラマでもなく明朝末期の詰んだ世界観をベースにしたホラーアクションサスペンスとして見るといいな。と思います。
いつ・どこが舞台?天啓3年の遼東とは?
一言でまとめると『天啓異聞録』は
です。
天啓3年=明滅亡の少し前
物語が始まるのは、天啓三年(1623年)ごろの遼東です。
天啓帝(てんけいてい/朱由校)は明の第16代皇帝。在位は1621〜1627年と短め。政治よりも木工細工に夢中だったエピソードで知られ、その結果、朝廷の実権は宦官の魏忠賢(ぎ・ちゅうけん)に握られ、文官たちとの対立が激化していました。
崩壊に向かうカウントダウンが始まっている時期」
遼東=後金と向き合う国境防衛ライン
作中の主な舞台となる遼東(りょうとう)は、現在の遼寧省東部〜北朝鮮国境あたりに相当する地域です。明にとっては、
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後金と直接向き合う国境防衛ライン
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兵士・移民・地元民・モンゴル人など、さまざまな人々が入り混じって暮らす国境のごちゃごちゃした地帯。
という位置づけでした。
作中で名前が出てくる寧遠城は実在する城。烏暮(うぼ)島は架空の島ですが。遼東沿岸には砦や密貿易の拠点になった島があり。それらをモデルにしていると思われます。

天啓年間の遼東付近の様子
上の地図で示したあたりでしょう。
遼東の厳しい寒さといつ戦争になってもおかしくない緊張感のある場所。そのまったただ中で怪病と怪物騒ぎが描かれます。
錦衣衛と宦官政治:褚思鏡の危うい立場
主人公の褚思鏡は錦衣衛で中央から地方に派遣された役人。
ここで押さえておきたいのは、
という二重構造です。
錦衣衛とは?明王朝の“秘密警察”
『天啓異聞録』の主人公・褚思鏡は皇帝直属の秘密警察として恐れられた錦衣衛(きんいえい)の一員です。
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皇帝直属で文官の官僚機構とは別ルート
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逮捕・取り調べ・監視・密告の取りまとめまで担当
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時には拷問や秘密裁判も行なったと伝わる
ドラマの褚思鏡も、
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単身で辺境に派遣され
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軍や地方官の頭越しに、直接「怪病の真相」を探る
という皇帝からの特命を受けた特別捜査官として描かれています。
宦官・魏忠賢の専横と東林党弾圧
ところが天啓年間になると皇帝は政務に熱心ではなく、実際の権力は宦官・魏忠賢の手に集中していきます。
という、明朝末期でも屈指の“黒幕ポジション”です。
『天啓異聞録』の世界では、褚思鏡は「魏忠賢の人間だ」と自分で名乗る錦衣衛という設定で登場します。つまり、形式上は「皇帝直属」でも、実質的には魏忠賢の私兵に近い立場に置かれているのです。
「魏忠賢の手の者」としての褚思鏡
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表向き:魏忠賢配下の錦衣衛として、怪病と失踪事件の調査に赴く
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本音:行方不明の弟を探し、真相を知りたいという個人的な動機
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現実:遼東の軍人や地方官からは「魏忠賢の犬」と警戒され、板挟みになる
というわけで褚思鏡の置かれた立場は。
というものだと覚えておくと。褚思鏡の行動や、軍人たちが見せる警戒心・反発がドラマ上の都合というではなくて、明朝末期の歪んだ社会を表現しているのだと分かると思います。
韃靼武人とモンゴル:伯顔が象徴するカオスな世界
『天啓異聞録』には、遼東の明軍と行動を共にする韃靼(だったん/タタール)出身の武人・伯顔(バヤン)が登場します。
明代の「韃靼」とは誰のことか
「韃靼」という呼び方は明時代の史料でもおなじみの言葉です。その正体はモンゴルです。
何で蒙古(モンゴル)と言わずに韃靼というのかというと。
という。明朝が自分たちが正統な王朝だと主張するための個人的な都合のため。
中国は今も昔も自分で作ったストーリーにこだわるので。呼び方一つをとってもよく現れています。
なので。
というイメージで問題ないです。
モンゴル人が明側の兵士になるパターン
「なんで明軍の中にモンゴル人がいるの?」と思った方も多いかもしれませんが、
実は明末の遼東ではかなりリアリティのある設定です。
元が北へ退いたあとも、モンゴル系の部族が一気に中原から消えたわけではありません。
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元朝末期の戦いで明に投降し、そのまま明軍の一部として編成されたモンゴル人グループもいた
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とくに遼東や甘粛など国境地帯の防衛では
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漢人の兵士
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現地の民兵
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帰順したモンゴル騎兵(韃靼軍)
が混成部隊として使われていた
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この背景を踏まえると、
という設定は「敵だったモンゴルの一部を味方として取り込んだ」という歴史的によくあるパターンの再現といえます。
伯顔はどんなキャラクターか?
ドラマ伯顔の立場に注目すると
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「韃靼(タタール)の武人」
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「明軍に所属する武官」
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荒事を任される武闘派だが、情にも厚いバディ枠
として描かれます。
歴史的なイメージに重ねると、
モンゴル人(韃靼)だが今は明王朝の軍司令系統に組み込まれた帰順モンゴル騎兵のリーダー
といえるキャラです。
単純に「明=漢人」「遊牧民=敵」というわけではなく、
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明軍の中にモンゴル人がいて
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遼東という国境地帯では、漢人・モンゴル・女真・さらにポルトガル人まで入り混じっている
という多民族世界を象徴する存在として設定されている、と考えると分かりやすいと思います。
なぜ中国時代劇にポルトガル人?アンジェリカの背景
『天啓異聞録』で一番「え、何で?」と思わせるのが、ポルトガル人女性艦長アンジェリカの存在かもしれません。
中国明朝の時代劇なのに、いきなりポルトガル人が大砲を積んで登場するとは。
でもこれは明末という時代ならではのありそうな組み合わせなのです。
海禁しているのに、なぜポルトガル人が来られるのか
明朝は基本的に「海禁」と呼ばれる政策を掲げていました。建前としては、
という、かなり閉鎖的な方針です。
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中国沿岸には海商・密貿易商人・海賊(倭寇ふくむ)がたくさんいた
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沿海の役人も、賄賂と引き換えに密貿易を黙認することが多かった
江戸幕府の「鎖国」が港と相手国・出入りする船まで細かく管理した制度設計された閉鎖だとすれば。
明の海禁は
という、かなりグダグダな運用だったと言えます。
結果として、
というのが、明末の海の姿です。
ドラマの時代はそれに凝りて海禁をかなり緩くしている段階です。
マカオとポルトガル商人:明とヨーロッパの接点
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中国 ⇔ 日本
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中国 ⇔ 東南アジア各地
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ヨーロッパ ⇔ アジアをつなぐ中継貿易
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銀
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香料・ぜいたく品
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そして大砲や火縄銃などの火器
なので、
というアンジェリカの取引は歴史的にもかなりありそうな筋書きなのです。
「中国船+ポルトガル人商人」という混成チーム
種子島に鉄砲が伝来したときも、
という形だったとされます。
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中国人海商
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ポルトガル人・スペイン人などヨーロッパ系商人
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日本・東南アジアの航海者
『天啓異聞録』のアンジェリカも、
「マカオ系ポルトガル人商人」
としてイメージすると、かなり現実の歴史とつながって見えてきます。
どこまで史実で、どこから作り話か?
アンジェリカの設定には、
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歴史的に「ありそう」な部分と
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完全にドラマ的な“盛り”な部分
が混ざっています。
史実寄りのポイント
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マカオ拠点のポルトガル商人が明の沿岸に出入りしている
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明がポルトガル製の大砲・火器を受け入れる見返りに、彼らに特別な許可や利益を与える
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中国人船主+ポルトガル人商人という混成チームで海を往来する
作り話の部分
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「ポルトガル国王の命で、怪物を捜しに来た女性艦長」という設定そのもの
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その怪物の謎の力を武器にしようとする、ヨーロッパ側の極秘計画
つまり、
でも、アンジェリカ個人のドラマチックな設定は完全な作り話。
と考えるといいでしょう。
この歴史を踏まえると、明末の海が「外国人も海商も普通に入り乱れていた」世界だったことがよく分かります。『天啓異聞録』にポルトガル人商人が登場するのは、むしろ時代状況として自然です。
明末を襲った疫病『天啓異聞録』の怪病はどこまで史実?
最後に、作品の根幹にある「怪病」についてお話すると。
結論から言うと、
ただし「寧遠の傷寒を錦衣衛が調査した事件」がそのまま史料にあるわけではなく、歴史的な状況をもとにした作り話。
です。
明末は本当に疫病が多発していた
史料を振り返ると万暦年間末期から崇禎年間(16世紀末〜17世紀前半)にかけて明の領内では何度も大規模な疫病が発生しました。
特に崇禎年間の「大疫」は史書にも残っており、軍事的な敗北と政権崩壊に大きな影響を与えた要因のひとつとされています。
つまり、
のです。
「傷寒」という病名とドラマのリアリティ
劇中でも診察シーンで「傷寒(しょうかん)」という言葉が出てきますが、これは古典医学でかなり幅広く使われた病名です。
などをひとまとめに「傷寒」と呼ぶことがよくありました。
当時の医者が“よく分からない熱性疾患”をまとめて「傷寒」「傷寒様」と呼ぶのは自然なことで、
というのはは充分にありそうなできごとです。
寧遠の傷寒を錦衣衛が調査した事件は実在したのか?
でも。
という、そのままズバリの史実は確認できません。
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寧遠城の戦闘や遼東防衛線
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明末の疫病の大流行
つまり、
という組み合わせは、明末の状況から想像した作り話。といえます。
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世間を混乱させる怪しい噂
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反乱・陰謀
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地方の不穏な事件
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天変地異・怪談・妖書の調査
作品の怪病描写は、どこまで史実でどこから創作?
史実寄りの要素
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明末に疫病が頻発していた
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軍営が感染で壊滅するケースがあった
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医師が「傷寒」と呼ぶ高熱症状が多かった
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疫病=天意・天変・災異と結びつけやすい明末のメンタリティ
完全創作の要素
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人が怪物化するような症状
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島全体が変異した“黒い力”の存在
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地下施設・人体実験的モチーフ
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黒鹮(ヘイフアン)などの秘密組織が疫病を操作する描写
まとめると、
として作られた作品といえると思います。
まとめ :『天啓異聞録』は明末入門+怪異サスペンス
『天啓異聞録』は、明末の歴史をそのまま再現する作品ではありませんが、
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天啓帝と魏忠賢の宦官政治
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遼東・寧遠という国境戦線
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韃靼(モンゴル)武人が明軍に属する多民族フロンティア
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マカオ拠点のポルトガル商人と海禁のグレー運用
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明末を襲った疫病と「傷寒」のイメージ
といった要素をかなりうまく拾っているドラマです。
こうした歴史的な背景を知ってから見ると、
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褚思鏡がなぜあんなに疑われるのか
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伯顔がなぜあの立場にいるのか
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どうしてポルトガル人女性艦長が登場するのか
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なぜ「怪病」と「天意」が結びついて語られるのか
といった点が、わかりやすいと思います。
「明末ってどんな時代?」の入門編としても楽しめる怪異サスペンスなので、
歴史好きの方はもちろん、ドラマきっかけで明末史に興味を持った方にもおすすめの一本です。

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