三国志 司馬懿 軍師連盟 第16話~第20話では曹操の後継者争いが死者を出すほどの激化を見せ、長年曹操を支えてきた重臣たちが次々と表舞台から姿を消していきます。
司馬懿が命懸けで曹丕を守り抜こうとする中で書簡の偽造や命を辞した抗議が続き、曹丕は無罪になり。曹植との立場が逆転します。
この記事で分かること
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第16話:曹操から「空の器」を贈られた荀彧が自害、司馬懿が悲痛な決別を経験します。
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第17話:拷問を受ける曹丕を救うため司馬懿が偽造された書簡の証拠を求めて奔走します。
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第18話:崔琰が全責任を負って刑死。曹丕の冤罪が証明され形勢が逆転します。
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第19話:司馬懿が粘り強く曹操に訴え兄・司馬朗を釈放させるものの新たな悲劇が一家を襲います。
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第20話:司馬朗が病死。関羽の侵攻で司馬懿は曹操に従い出陣。
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司馬懿 軍師連盟 あらすじリスト
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司馬懿 軍師連盟 16話 荀彧の決意
あらすじ 16話
荀彧の自害と司馬懿の嘆き
司馬懿は兄を救う方法が見つからず、自宅で焦る日々を過ごしていました。妻の張春華は、荀彧を信じるよう励まします。
しかし、荀彧のもとには曹操から「空の食盒(じきばこ)」が届いていました。自分の役割が終わったことを察した荀彧は、毒を飲み自ら命を絶ちます。荀彧の訃報を聞いた司馬懿は声を上げて泣き崩れるのでした。
曹丕の投獄と崔琰の告白
荀彧という大きな支柱を失った曹丕にさらに危機が訪れます。曹操が曹丕から荀彧へ送られた手紙を見つけ激怒したのです。曹操は息子である曹丕を大牢へ入れ尋問を命じました。
司馬懿は今回の騒動のきっかけを作った崔琰を激しく責め立てます。しかし崔琰は「曹丕を守るには、これしか道がなかった」と苦しい胸の内を明かしました。
司馬懿の決意と鍾繇への依頼
父の司馬防は巻き添えを避けるために司馬懿に逃げるよう促しますが、司馬懿は拒否します。彼は曹丕を救うため鍾繇に助けを求めに行きました。しかし鍾繇は関わりを避けるために断ります。そのころ牢に入れられた曹丕は激しい拷問を受け、体も心も限界まで追い詰められていました。
解説:荀彧はなぜ空の食盒を見て死を選んだのか
曹操が荀彧に空の食盒を送り荀彧は自分の役目は終わったと判断して自ら死を選びました。
この場面は三国志ものでは有名ですが、史実とは違います。正史では曹操の軍が濡須に進んだとき荀彧は病で寿春にとどまり、憂いのうちに死んだという書き方です。
一方で、「後漢書」や「魏氏春秋」では、曹操が送った器が空だったため荀彧が見切られたと受け取って服毒した話が伝わります。
ドラマの演出は正史ではなく、後代に広まった異説をドラマが採用したものです。
司馬懿 軍師連盟 17話 書簡の真偽
あらすじ 17話
牢獄での再会と司馬懿の秘策
牢獄で過酷な拷問を受けた曹丕は気を失ってしまいます。司馬懿は死を覚悟して曹操に直接会いに行き、曹丕への面会許可を勝ち取りました。司馬懿と郭照は傷だらけになった曹丕と再会、泥水をすすってでも生き延びるよう彼を励まします。
その後、司馬懿は曹丕の血に染まった着物を持って曹操の妻 卞夫人のもとへ向かいました。彼は丁儀が私怨で曹丕を追い詰めていると訴え、審理の担当を公正な鍾繇に変えるよう夫人から曹操へ働きかけてもらうことに成功します。
大理寺での対決と鍾繇の鋭い観察
審理の担当が鍾繇に移り大理寺での法廷が始まりました。ボロボロの体で出廷した曹丕でしたが自分らの正当性を堂々と主張します。鍾繇は曹丕が冤罪である可能性が高いと判断し、証拠とされた手紙の筆跡照合を命じました。
大理寺の門前では司馬懿や荀攸たちが集まり、公正な裁きが行われるよう無言の圧力をかけます。鍾繇は提出された書状を細かく調べ偽造された痕跡を見つけ出しました。
曹操の苦悩と司馬家の決意
曹操は次男の曹植を見舞いますが曹植が「兄を許してほしい」と泣いてすがる姿を見て、政治の厳しさを理解していない息子を怒ります。
司馬懿は弟の司馬孚を官吏として推薦、一族を挙げて立ち向かう姿勢を見せました。鍾繇は偽造に関わった黒幕を特定しつつありましたが、同時にその真実を明らかにすることが自分の息子 鍾会の将来にどう響くかが不安になり、独り苦悩します。
司馬懿 軍師連盟 18話 荀彧との誓い
あらすじ 18話
暴露された真相と司馬懿の先手
鍾繇が発見した証拠は曹操の信任厚い重臣・崔琰が手紙を捏造したというものでした。曹操は混乱を避けるため封鎖を命じますがすでに手遅れ。
司馬懿は属官たちを率いて大理寺へ行き群衆の前で崔琰の供述書を読み上げさせます。曹丕の冤罪と曹植派の関与の疑いは、もはや隠し通せななくなりました。
崔琰の自己犠牲と審理の結末
大理寺の法廷に立った崔琰はすべての罪を認めました。しかしその供述は自分が曹植を勝たせるために動いたと見せかけていますが、実際には曹植や楊修が不忠者と言っているに等しい内容でした。
崔琰は荀彧と同様に「漢室の忠臣」としての誇りを守り、曹丕が後継者に相応しいと犠牲になったのです。これに激怒した曹操は持病の頭痛を再発させますが、公の場での審理結果を覆すことはできませんでした。
激昂する曹操と曹丕の釈放
曹操は、荀彧に続いて崔琰までもが命を懸けて曹丕を庇ったことを知り、激しく怒ります。怒りのあまり持病の頭痛を再発させた曹操は、崔琰に死罪を命じました。この崔琰の行動によって曹丕への疑いは晴れ、曹丕は牢から出されることになりました。その一方で、今まで曹植を支えてきた楊修や丁儀たちが次々と投獄されるのでした。
司馬懿 軍師連盟 19話 司馬兄弟の懇請
あらすじ 19話
曹丕を認める曹操
曹操は拷問で傷をうけ、自分に条件を提示できるまでに成長した曹丕を複雑な笑みで受け入れました。
その後、曹操は牢を訪れ酔った司馬懿に「荀彧と崔琰の計略を知っていたのか」と厳しく問い詰めます。司馬懿はそれを認めて二人は裏切り者か忠臣かと問われると「大いなる忠臣です」とはっきり答えました。曹操は司馬懿に自分の身を大切にするよう言葉を残して去ります。
曹丕への懇願と兄弟の絆
司馬懿はまだ捕らえられている兄・司馬朗を救うため曹丕に助けを求めました。一度は拒絶されながらも司馬懿は殿外で長時間跪き続け、弟の司馬孚も共に助命を乞います。その必死な姿に心を動かされた曹丕は曹操に曹植たちの赦免を願い出ました。曹操は息子の情け深い申し出に安堵の表情を見せ、ついに司馬朗たちの釈放を認めます。
崔琰の最期と司馬家を襲う悲劇
司馬家では無事に帰宅した司馬朗を兄弟たちが抱き合って迎えました。一方、役目を終えた崔琰は毒酒を飲み干し静かにこの世を去ります。
勝利を逃した楊修は怒りを爆発させますが、事態はさらに急変します。出仕を控えていた司馬家の中で、司馬朗が疫病に倒れたのです。司馬懿は被害を抑えるため即座に屋敷の隔離を命じるのでした。
解説:崔琰は本当に曹植失脚のために自白したのか
崔琰は正史の三国志 魏書 崔琰伝に立伝される重臣ですが、今回のように曹丕を救うため自分から供述して曹植派を倒したというのは史実とは違います。
崔琰は名望が高く、人物評価や人事でも強い発言力を持ったことで知られますが、最終的には曹操に疎まれて死に追い込まれました。そこに政争のにおいはあります。ただし、ドラマのような公開審理や周到な自己犠牲の段取りは確認できません。
ここで描かれた崔琰は、史実の崔琰というより、名士が命を失っても後の政治に影響を残すという後漢末らしい政治劇用に脚色された人物といえます。
司馬懿 軍師連盟 20話 鶏肋の意
あらすじ 20話
司馬朗の死と樊城の危機
鄴に厳しい冬が訪れる中、司馬懿の兄である司馬朗が病によってこの世を去りました。司馬家が悲しみに暮れる一方で、南方の樊城では蜀の関羽が包囲を強めるという危機が発生します。曹操は自ら出陣することを決め、司馬懿を行軍司馬として随行させることにしました。
遷都を巡る楊修と司馬懿の対立
曹操の陣営では関羽の勢いを恐れて許都から遷都すべきかどうかの議論が持ち上がります。楊修は早期の撤退と遷都を主張、曹操の内心を見透かしたかのように振る舞いました。
しかし司馬懿は安易な遷都は魏の混乱を招くと言い、楊修に自重を促しますが二人の溝は深まるばかりでした。
孫権との密約と関羽挟撃策
曹操は軍機が漏れたことに激怒、楊修への不信感を募らせます。その最中に司馬懿は関羽を退けるための現実的な策として、東呉の孫権と手を結ぶことを提案しました。
赤壁の敗戦を教訓に孫権の利害を説く司馬懿の言葉に曹操は納得。呉への使者を送ることを決意しました。
三国志 司馬懿 主要人物一覧
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司馬懿:
兄や曹丕を救うために奔走。曹操からも一目置かれる存在へ成長。 -
曹丕(五官中郎将)
過酷な拷問と重臣たちの死を乗り越え、次期後継者としての覚悟を固める。 -
曹操(魏王)
腹心の荀彧らを失い、孤独を深めながらも司馬懿の才能を試し続ける。 -
荀彧(尚書令)
曹操との理想のズレを埋められず、自ら命を絶ち長年の役目を終える。 -
崔琰(重臣)
曹丕を守るためにあえて罪を被り、漢の臣下としての誇りを貫き刑死。 -
司馬朗(司馬家長男)
釈放後、一家に蔓延した疫病によって命を落とす。
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