清の重臣・役人・男達

ロンコド(隆科多)康煕帝の信頼が厚かった忠臣はなぜ雍正帝に排除された?

ロンコド(隆科多)は清朝の政治家。第4代皇帝康煕帝から雍正帝の時代に活躍しました。康煕帝の後半におきた後継者争いには加わらず康熙帝の信頼を得ました。康熙帝の死後、その遺言を伝え雍正帝の即位を実現させましたが。その決定には様々な噂がつきまとい...
清の皇后妃嬪皇太后

徳妃 烏雅氏(孝恭仁皇后)実の息子・雍正帝との仲は悪かった

徳妃 烏雅(ウヤ)氏は清朝の第4代皇帝・康煕帝こうきていの側室。息子の雍正帝が即位したので死後、孝恭仁皇后の称号が贈られました。ドラマに登場するときは「徳妃」か「皇太后」で登場することが多いです。雍正帝の母親なのですが、あまり親子の仲は良く...
清の皇子・男の皇族

十四皇子 胤禵 雍正帝の同母弟は仲が悪かった

愛新覚羅・胤禵は清朝の第4代皇帝・康熙帝の第十四皇子。十四阿哥とも書きます。他の皇子とともに第八皇子胤禩を次の皇太子に指示していました。胤禩が康煕帝の信頼を失ったあとは、周囲から後継者候補と考えられるようになります。雍正帝の同母弟です。でも...
清の皇子・男の皇族

康煕帝 第八皇子 胤禩 は皇太子の座を狙っていた

愛新覚羅・胤禩は清朝の第4代皇帝・康熙帝の第8皇子。八阿哥とも書きます。当時の朝廷内でも有力な皇位後継者と考えられ「八賢王」と呼ばれていました。胤禩を支持する派閥ができていたほどでした。しかし皇帝になることはできず。雍正帝の時代には目の敵に...
清の皇子・男の皇族

第一皇子 胤禔は 康煕帝を激怒させて自宅軟禁にされてしまった

愛新覚羅・胤禔は清朝の皇族です。第4代皇帝・康煕帝の長男です。母が側室だったので皇太子にはなれませんでした。戦で手柄をたて重臣たちからの評判もよかったのですが。母の地位が低いせいか自分が次の皇帝になるのを諦め、八皇子・胤禩と共謀して皇太子を...
清の皇子・男の皇族

怡親王 胤祥:康煕帝の十三皇子は雍正帝から頼りにされた勝ち組皇子

愛新覚羅 胤祥(いんしょう)は清朝の第4代皇帝・康熙帝の第十三皇子。十三阿哥とも書きます。ドラマでは十三弟と表示されることもあります。異母兄の第四皇子 胤禛(いんしん)を助け。胤禛が皇帝になったあとも大臣の一人になって皇帝を支えました。雍正...
清の皇后妃嬪皇太后

康熙帝の皇后と妃達

康熙帝は側室も多く様々なエピソードがあるためドラマにもなりやすいです。日本でも「宮廷の諍い女」や「花散る宮廷の女たち」「龍珠伝」「皇帝の恋」「宮廷の茗薇」など康熙帝の時代を舞台にした中国ドラマが放送され話題になりました。でも日本人には馴染み...

ジェルジェル(孝端文皇后) 大清皇后になったモンゴルの姫

孝端文皇后はホンタイジの妃。大清帝国の皇后です。本名はジェルジェル。大清にはモンゴル出身の妃が何人かいます。ジェルジェルはモンゴル出身の妃の中で最初に皇后になった人物です。史実の孝端文皇后(ジェルジェル)どんな人物だったのか紹介します。孝端...
清の皇后妃嬪皇太后

ブムブタイ(孝荘文皇后・昭聖太皇太后)とはどんな人?

孝荘文皇后はホンタイジの側室。昭聖太皇太后ともいいます。本名はブムブタイ。順治帝の生母、康煕帝の祖母です。教育熱心で順治帝や康煕帝の子供時代に漢民族や西洋の教育を受けさせました。ホンタイジの側室なので生前は皇后にはなったことはありません。息...

孝誠仁皇后 は康煕帝が最も愛した女性

孝誠仁皇后こうせいじん こうごうは清朝の第4代皇帝・康煕帝こうきていの正室。康煕帝に最も愛された女性といわれます。ところが、息子の胤礽を生んだ後、亡くなってしまいます。胤礽は皇太子になったのですが廃されてしまいます。史実の 孝誠仁皇后 はど...
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