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趙吉は実在する?ドラマと史実の違い【大宋宮詞】

『大宋宮詞』の趙吉は、史実には存在しない架空の皇子です。なぜドラマには史実に存在しない皇子・趙吉が登場するのでしょうか?

劉娥と趙恒の間に生まれた彼の存在は視聴者の心を揺さぶる多くの演出が詰まっています。

この記事では趙吉がどんな人物なのか?ドラマでの役割、史実との違い、そして彼が生み出された理由について、分かりやすくまとめました。

趙吉を通して描かれる「母としての劉娥」の魅力や、ドラマならではの脚色ポイントを詳しく解説します。

この記事で分かること

  • 趙吉がドラマに登場する理由と設定上の役割
  • 史実の劉娥と趙吉の関係、および事実との違い
  • 趙吉を通じて強調される「母としての劉娥」の人物像
  • ドラマ独自の脚色ポイントや歴史考証上の違和感

 

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『大宋宮詞』趙吉とはどんな人物?

『大宋宮詞』に登場する趙吉は、劉娥と趙恒(元侃/真宗)の子として描かれています。

両親と出生

趙吉は父が趙元侃(のちの宋・真宗、趙恒)。母は劉娥。

劉娥は趙元侃が遠征先で知り合った人で結婚歴のある女性。趙元侃は父・太宗から劉娥を側室にすることは反対され劉娥は趙元侃のもとを去りました。しかし劉娥はすでに身ごもっていました。劉娥は避難先の粗末な小屋で男子を出産。それが趙吉でした。

劉娥と趙吉は趙元侃に発見され、親子一緒に都に戻ってきます。太宗も孫の顔を見て態度を和らげ、劉娥を認めます。さらに趙元侃は皇太子となり趙恒と改名。趙吉は親と共に都で暮らす事になりました。

やがて太宗が死去。趙元侃は即位して真宗皇帝となります。趙吉は皇帝の息子となったのでした。

人質として遼へ送られる

ところが真宗の即位直後に遼が攻めて来ます。遼は和平の条件に「人質交換」を提案。第8話では宋の趙吉と遼の耶律康が人質として交換され、趙吉は遼の長公主のもとで暮らすことになりました。

遼での生活と事件

遼へ渡ったあとは趙吉は長公主のもとで暮らしますが、狩りの日に行方不明になる事件が起きます。しかし無事救出され遼で育てられます。

しかし耶律康が死亡、遺体とともに劉娥が遼にやってきます。趙吉は久しぶりに母と会うことができました。

 

宋への帰還と死

やがて宋と遼が全面戦争に突入。趙吉は前線に立たされ、人間の盾として利用されることもありましたが。王継忠らの活躍で遼から脱出に成功。劉娥とともに宋へ戻ります。

しかし趙吉は戦とその後の逃避行で衰弱。第19話では帰国後まもなく劉娥に見守られて息を引き取ってしまいます。

彼の死は母・劉娥だけでなく、皇帝や宮廷全体にも重い影を落とすことになります。

位牌を太廟に入れるかをめぐる宮廷の争い

趙吉の死後、劉娥は趙吉の位牌を太廟(歴代皇族の霊廟)に納めることを希望しましたが。重臣たちは反対。劉娥は3年間の供養を条件に、最終的には太廟安置が認められることになります(第20〜25話)。

 

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趙吉は実在するのか?

趙吉は存在しない

『大宋宮詞』の趙吉(ちょうきつ)は、史実には存在しない架空の皇子です。

劉娥のモデルなった章献明粛皇后 劉氏には生涯子はいませんでした。

そのため侍女 李氏の産んだ男子を実子と偽り皇后になりました。この皇子が後に仁宗となります。そうまでしなければいけないほどだったのですから、劉娥に実子がいるとは考えられません。例えいたとしても早世するうんめいになります。

実際にドラマの趙吉も早世しています。

 

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なぜ存在しない皇子がドラマに登場するのか?

ではなぜドラマ制作者は存在しない皇子を登場させたのでしょうか?ドラマ的には趙吉がいることで以下の効果が生まれています。

 劉娥を権力だけの女ではないように描くことができる

史実の劉娥は政略・権力・後宮の制覇という側面が強調されがちです。

ドラマでは趙吉を実子として登場させることで、劉娥は母親としての優しさ・弱さ・苦しみを持つ女性として描かれました。

これによって彼女はただ権力を求める人物ではなく守りたい存在のために苦悩して戦う母というヒロインになるのです。

 

太宗から側室として認められる理由になる

趙吉が誕生したことで太宗が劉娥を「趙元侃の側室」として正式に認めるきっかけになりました。

趙家にとっても待望の男子の誕生で。出自や立場にハンデのあった劉娥が皇室の一員に加わる理由ができたのです。

趙吉がいなければ劉娥がどれほど優秀でも皇室の一員にはなれなかった。とドラマでは演出しています。

史実では劉氏は太宗が生きている間は趙恒の側室として認められず、太宗死後に宮廷に入ることになります。でもそれだとイメージが悪いせいか、ドラマでは劉娥は太宗に認められた存在となっています。そのためのきっかけを作る存在なのです。

子を守る母としての活躍を描ける

劉娥は遼との戦争や様々な苦難の中で我が子を守るために奔走。場合によっては敵国・遼の地まで乗り込んでいくほどの行動力を見せます。全ては母として子を想う気持ちだからと描かれます。

これによって、劉娥はとても子ども思いの強い母として描くことができるのです。

母子の別れ・死・苦しみで、視聴者の共感を引き出す

趙吉は遼に人質に出され、敵地で危険に遭い、最後は帰還後すぐ母の目の前で息を引き取ってしまいました。

当然、母である劉娥は我が子を失い絶望を味わいます。政争や出世だけではなく、親子の愛情という普遍的なテーマで視聴者の心を揺さぶることができるのです。

死後も苦境が続く

趙吉の死後、劉娥は位牌を霊廟(太廟)に祀りたいと願いますが。重臣たちが反対。
ここでも「息子を失った母が、最期の望みまで否定される」という苦難が続き劉娥がますます可哀想なヒロインとして描かれます。

 

劉娥をヒロインとして描くための要素

趙吉という人物が設定されて劉娥は「権力の女」「庶民から皇后に大出世」というだけではない「母」という共感を得やすいキャラクターに変化しました。

ドラマ制作者が描きたいのも、現代のドラマにヒロインにふさわしい。視聴者から共感される女性のはず。そう考えるとこれらの演出を一気に実現できる趙吉の存在はとても便利なのです。

 

「趙吉」という名前が史実の徽宗(趙佶)に似ている件

ここで趙吉という名前にも注目してみましょう。

というのも史実にはよく似た名前の「趙佶(ちょうきつ)」という北宋の皇帝が存在するのです。それが第8代皇帝徽宗(きそう)です。

字は違いますが読みが同じで紛らわしいです。ただ、徽宗(趙佶)は劉娥の時代よりずっと後の人物になります。ただの偶然の可能性もありますが。

徽宗趙佶は金に捕らえられ捕虜になった経験があります。そして国に戻ることなく死亡しました。敵国の人質となって亡くなる。という部分が共通しています。結局北宋は金に攻められて滅亡。中国史を知る者なら誰もが知る大事件です。

おそらくドラマ制作者も悲劇の皇帝・趙佶を思い出させるような名前をあえて選んだのではないでしょうか?そうすることでますます趙吉と劉娥の悲劇性が高まる。宋考えたのではないかと思われるのです。

人質交換とその必然性に?

ドラマでは遼と宋が戦い、人質交換をしました。そのせいで趙吉が死亡してしまいます。ドラマ的にはお涙頂戴ポイントなので意味のある演出かもしれませんが。

歴史的に考えると不自然な人質。現実にはありえない出来事です。なぜ不自然なのか説明します。

遼が優勢な状況では人質交換はありえない

ドラマでは7話で遼が宋に攻め込みしばらく戦った後、遼は撤退の条件として「宋の皇子・趙吉と遼の耶律康が人質交換」を要求しました。

歴史上は遼が人質交換を要求したことはありませんし、この状況で遼の方から言い出すこともありえません。

劇中の時点では遼は国境付近で優位に立っています。

普通、優勢な側は交渉を有利に運びたいです。何かの事情で停戦を望むにしても「物資・金銭・領土」などの条件を突きつけることが多いです。

それなのに、わざわざ自国の皇子を敵国に差し出すという危険度の高い「人質交換」を選ぶ理由がありません。人質を出すのはたいてい弱い側が譲歩や安全の担保として使う外交手段なのですから。

後に全面戦争になり和睦しましたが、そのときの澶淵の盟でも人質交換をしていません。7話時点での遼はそのときよりも優勢ですから、皇子を人質に出してまで停戦を願う理由はない考えられます。

宋で教育を受けさせることの不自然さ

ドラマでは遼側が耶律康を宋に出す理由の一つに「宋で教育を受けさせる」という理由が述べられます。

ただ、歴史的に考えてもこの説明はかなり苦しいです。

遼はこの時点で燕雲十六州など広い農耕地帯と、多くの漢人社会を支配しています。
漢字や行政制度も国内で十分運用できる体制があり、わざわざ危険な「敵国で学ばないと得られない」ものは少ないです。

しかもこの頃の宋は建国から日が浅い軍事国家。文官が中心になって国を治める制度をつくりあげてきましたが。国の組織の完成度や運用実績では遼の方が上です。

そんな戦争中の敵国へ皇子を送るのは自殺行為に近いです。

遼が国内の人材や制度で十分教育できるはずなのに、あえて宋を先生役にする必然性はないのです。

 

宋側の政治状況と「人質案」の現実性

もう一つの疑問は宋側です。
ドラマでは、強硬派のはずの寇準(こうじゅん)ら重臣が、皇子を人質に出す案にあっさり認めました。

でも歴史的にはそれはかなり考えにくいです。

この時期の宋はまだ国土を深く侵攻されている状況ではなく、むしろ徹底抗戦を主張する官僚が多い時期です。

皇子を敵国に差し出してまで和睦する案は、責任問題にも皇室の正統性にも関わるので簡単に飲める話ではありません。

ドラマでは停戦交渉や後宮の権力争いを進めるために人質交換が描かれていますが。現実の政治や当時の官僚の考え方を考えると違和感が強いです。

結局は「悲劇」のための人質交換

こうして考えてみると「人質交換」は外交や軍事的な理由より、母子の別れと悲劇をまとめて描く脚本上の都合だとわかります。

趙吉が人質になり、遼で消息不明となり、帰国したのにすぐ亡くなる。これは史実を忠実に再現するというより「視聴者の同情を集め、劉娥をヒロインとして引き立たせるための演出して組み立てられたものだと考えられるのです。

 

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まとめ

『大宋宮詞』の趙吉は史実には存在しないキャラクターです。

でも史実にはない架空の人物ですが、ドラマの劉娥が周囲に認められ、苦難を味わい、ヒロインとして成長していくために必要な要素になっています。

歴史ドラマでは事実をもとにしてはいても、視聴者の共感や物語の盛り上がりを重視した演出がなされることが多いものです。

趙吉を通して母としての劉娥の人間らしさや苦悩が丁寧に描かれ、権力闘争の物語だけではない人間味が加わりました。

史実と違う部分は多いですが、ドラマがエンタメ作品として作られている以上。こうした視聴者に受ける要素も必要だということが分かります。

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この記事を書いた人

歴史ブロガー・フミヤ

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京都在住。2017年から歴史ブログを運営し、これまでに1500本以上の記事を執筆。50本以上の中国歴史ドラマを視聴し、史実とドラマの違いを正史(『二十四史』『資治通鑑』など)に基づき初心者にもわかりやすく解説しています。

詳しい経歴や執筆方針は プロフィールをご覧ください。

運営者SNS: X(旧Twitter)

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