『惜花芷』31・32・33・34話のあらすじとネタバレをまとめました。
太后の腕輪で顧晏惜と花芷の仲が公認の仲に。ところが沈家をめぐる処罰で沈家は離散。花芷は顧晏惜と別れて沈家を救済。そして食材不足解消のため金陽へ船出するのでした。
この記事で分かること
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太后の腕輪が示す、顧晏惜と花芷の公認の意味
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帝・顧成燾が沈家に重罰を下した理由
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花芷が別れを選び沈家救済へ動いた流れ
全体のあらすじを見たい方は
惜花芷(せきかし)あらすじネタバレ 全話一覧をご覧ください。
惜花芷 31~34話 各あらすじへのリンク
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惜花芷 31あらすじ 愛を信じて
沈煥が芍薬に想いを伝えるものの二人は別れ、太后は顧晏惜と花芷の仲を認めます。
あらすじ31話
迎春は孫宅の近くで張婆婆から珠釵を買うふりをしつつ探りを入れ、孫襄に妾が八人いるところまで突き止めました。
その孫襄の店もまた管理がずさんで、迎春は「これはひどい」と呆れ果てます。
沈煥は芍薬に「自分らしくいられるのは君だけだ」と真剣に告げるのですが、芍薬はまだその恋心をのみ込めません。沈煥は別れを言い残し、そのまま去っていきます。
太后は顧晏惜の恋を認め、自分の母から譲り受けた玉の腕輪を顧晏惜に贈ります。顧晏惜はその腕輪を花芷に贈りました。花芷は腕輪をつけて太后に面会、対太后は喜び花芷を励まします。花芷も顧晏惜とともに未来へ進む決意を固めるのでした。
花琴は家族に説得されても考えを変えず、孫襄に嫁ぐ決意をしました。花家の女性たちもまた、それぞれの道を歩き始めていきます。
芍薬は沈煥への未練を抱えたまま自作の象棋の駒を手渡して涙をこぼし、静かに別れを受け入れるのでした。
ここに注目:太后から花芷に渡った腕輪の意味は?
太后は母から受け継いだ大事な腕輪を顧晏惜に渡しましたよね。その腕輪は顧晏惜の手から花芷に贈られました。もちろんそれは太后の意思でもあるのです。
なぜこんなやり取りが行われるのでしょうか?そこには中国の古い習慣や宮廷ならではの理由が隠されています。
家として二人の仲を認める証
太后はまず身内で可愛がっている顧晏惜に腕輪を託しました。いきなり部外者の花芷に渡すのではなく、一度家の者に預けることで「家として正式に女性を迎え入れる」という伝統的な形をとったのです。
それを受け取った顧晏惜が花芷へ贈ることで、ようやく彼女は「一族の一員」として認められます。つまり個人同士のプレゼントではなく、家の長からお墨付きをもらった正式な贈り物というわけです。
昔は結婚は家どうしの繋がり。本人同士がいくら隙でも家の承認がなければ結婚はできません。太后が認めたことで二人の仲は公認となったのです。
腕輪の意味
中国で丸い腕輪は、縁が切れない「円満」の象徴。さらに代々伝わる品には家族の歴史と幸せへの祈りが詰まっています。この贈り物のリレーは、花芷が皇族の妻になることを皆が祝福している証拠なのですね。
惜花芷 32話 あらすじ 不忠不信
沈淇が科挙で榜眼となり、沈煥は芍薬と結ばれ沈家は顧成燾の命で家財没収と家族の離散に追い込まれました。
32話あらすじ
沈煥は蔣家との縁談を白紙に戻すために一芝居打ちました。家族や相手方の前で、わざと素行の悪いふりをして自分から婚約を壊したのです。
父親から激しく怒鳴られても、彼は芍薬が彫ってくれた「卒」の駒をそっと握りしめ、自分の心に嘘をつかずに生きようと心に決めました。
その後、蔣徴之の助けを借りてようやく芍薬と再会すると、彼女も涙を流しながら彼への想いをようやく口にします。
そんな中、科挙の結果が発表されました。沈淇が見事に榜眼(2位)で合格、沈家と花家は喜びに沸き立ちます。
しかし、その裏では不穏な動きが進んでいました。皇帝の顧成燾が、沈家を処罰すると決めたのです。顧晏惜が必死に命乞いをしますが、それがかえって皇帝の怒りを買い沈家は絶望的な状況に追い込まれます。家財は没収され男は投獄、女や子供は官営の店へ送られるというあまりに過酷な沙汰でした。
皇帝は花芷に、これが支配者の冷徹さだと突きつけ顧晏惜の忠誠心を試すような言葉を投げかけます。ですが、花芷は怯むことなく皇帝に真っ向から反論するのでした。
ここに注目:顧成燾の処分が厳しすぎるのはなぜ?
確かに沈家には疑惑はかかっていましたが、皇帝 顧成燾の処分は厳しすぎますよね。花家への罰を見ても顧成燾は処分が厳しすぎるように想います。
沈家は本来ならここまでの処罰をうけなかったはずなのに、なぜここまで刑罰が重くなるのでしょうか?
中国歴代王朝の宮廷では、「皇帝の命令や方針に逆らうこと=国家秩序そのものへの挑戦」とされました。
さらに顧晏惜が養護したのが悪かった。顧晏惜は皇帝に絶大な信頼を寄せられていた腹心です。その顧晏惜が自分の恋人の縁戚をかばい、皇帝の意向に逆らうようなことをしました。
皇帝にとってみればこれは「忠誠心が薄れた」ことを意味します。こうした行動は皇帝に対する反逆と見なされ見せしめ的に本来の罪以上に重い処罰を下されます。
沈家の厳罰は「たとえ寵臣でも皇帝の意志を妨げた者は許さない」という警告でもあるのです。惜花芷がモデルにしてるのは明朝あたりの王朝ですが。この時代は皇帝の独裁が強いので臣下といえども迂闊な行動はとれないのです。
惜花芷 33話 あらすじ 見せしめの罰
花芷は顧晏惜との別れを選び、沈家の救済に奔走するのでした。
顧晏惜(こあんせき)は憲王・顧晏恭(こあんきょう)と接触していた沈(しん)家の一族を逮捕、沈淇(しんき)は彼の正体を知ることに。また、皇帝の意図を察した花芷(かし)が顧晏惜に腕輪を返し別れを告げると、皇帝は顧晏惜に沈淇ら無実の者の釈放を命じたのだった。その後、花蓉(かよう)は相思相愛の蒋徵之(しょうちし)に嫁いでいく。また、沈淇は花(か)家の先生となり、沈煥(しんかん)は止名楼で働き始めて…。
33話あらすじ
沈家の人々が連行されていくのを見た花芷は立ち尽くしていました。頭に響くのは皇帝の冷酷な言葉。彼女はただ遠ざかっていく顧晏惜の背中をじっと見送るしかありませんでした。
沈家では沈煥が父の身代わりとなって厳しい拷問に耐えていましたが、真実を知った兄の沈淇が自ら罪を告白。兄弟で手を取り合い、大きな苦難に立ち向かう決意を固めます。
花芷は七宿司へ向かい、顧晏惜に「どんな気持ちで家宅捜索をしたのか」と問い詰めます。しかし彼から納得のいく答えは返ってきません。彼女はきれず涙を流し、別れの証として腕輪を返しました。
顧晏惜が皇帝に二人の中が終わったことを伝えると、沈家は父子以外の釈放が認められます。花芷はすぐに沈家へ食糧や薬を届け結納品もすべて返却。沈淇はその後、花家で子供たちに勉強を教えることになりました。
一方、花蓉は蔣徴之のもとへ嫁ぐことになりました。
沈煥は芍薬の助言を受けて止名楼で働き始めます。
その後、顧晏惜は試合で不覚を取り、花芷も仕事に身が入らなくなってしまいます。主を失ったかのように、止名楼の経営も次第に傾き始めていくのでした。
注目
皇帝は沈家に厳罰を与えたかと思えば、今度は父子だけ残して釈放。皇帝の感情で刑が変わるなんて理不尽ですよね。
中国の連座制は家族や一族にまで厳罰が及ぶ非常に重い制度でしたが、最終的な刑罰の決定権は皇帝にありました。どんなに律令が厳しく定められていても、皇帝の一声で減刑や恩赦が下されたり、逆に罪が重くなったりすることが珍しくありません。
明時代の「方孝孺事件」では激怒した永楽帝によって十族皆殺しが執行されましたが、同じ明代の「張居正事件」では家財没収・一族は辺境送りになりましたが、数年後に考えの変わった万暦帝によって家族が刑・赦免されています。
明や宋、清の時代には皇帝の機嫌や感情、側近の進言によって家族の処分が急変する例がありました。
ドラマで描かれたように皇帝の気分で刑が軽くなったり重くなったりするというのは現代人には理不尽に見えますが、中国では起きても不思議ではないのですね。
惜花芷 34話 あらすじ 果敢な船出
花芷は食材不足解消のため金陽へ向かい、新たな商機を見つけようとしました。
干ばつで水運が滞り皇都の物価が急上昇。そこで自ら水運業に乗り出した花芷(かし)は食材を集めるため沈淇(しんき)、阿撿(あけん)とともに金陽へ船出する。折しも顧晏惜(こあんせき)も皇帝の命を受け3年干ばつが続くという不穏な噂の出所を突き止めるため金陽へ。その道中、彼は人知れず花芷を守り続ける。こうして金陽に無事到着した花芷は花蓉(かよう)の歓迎を受けて…。
第34話 あらすじ
ひどい日照りが続き、都では食材が底をついて価格も上がり続けていました。そこで花芷は船団を組んで水路から食材を運び込むという大胆な計画をたてました。「私が先頭に立って航路を切り開く」という強い覚悟に動かされ、街の店主たちも協力を約束します。
その頃、顧晏惜も米を買い占めて私腹を肥やす者たちを厳しく取り締まっていました。不吉な噂や怪しげな歌が街に広まっていることを皇帝に報告し、その裏にある真相を突き止めるよう命じられます。
花芷は金陽に向かい、そこで妹の花蓉と再会します。現地の有力者である蔣家の屋敷で温かく迎えられ、やり手の店主・曽銘や地元の夫人たちと交流を深めました。
沈淇もまた六皇子を連れて人助けに励んでいました。そんな彼に夫人から縁談の話が舞い込みますが、そこは花芷が機転を利かせて上手に受け流します。夜には花芷と沈淇が並んで灯籠を川に流し、互いの願いを語り合う穏やかで美しいひとときもありました。
しかし、その影では顧晏惜がひっそりと彼女を見守っていました。水賊の襲撃から密かに船を守りつつ、金陽の賭博場や「皓月仙使」と呼ばれる謎の人物の正体を探り始めるのでした。
注目点:不安な時はデマが流れやすい
ドラマでは都で流れる怪しい噂に皇帝も頭を痛め。顧晏惜に調査を命じました。
中国では旱魃や飢饉が起こると「天意が君主を見放した」と受け止められることが多く、民間では予言や歌が流行します。史実でも「黄巾の乱」や「唐末の乱」の際、不吉な歌や占い師が大きな社会的な影響力を持ちました。
天災が続くときにデマや不吉な歌が流れる理由は反乱分子や社会に不満を持つ人たちがいるからです。それを利用して政権を批判したり、転覆を狙ったりするのです。
これに当局が警戒・取り締まりを行うのも歴史上よく見られる現象です。
ドラマの描写も中国社会で何度も繰り返されてきた社会不安とデマ、それを流すものと取り締まる者の対立が描かているのです。
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