中国ドラマ「浮図縁(ふとえん)」は宦官と妃の禁断の恋を描いた時代劇。
登場人物の肖鐸や歩音楼、そして舞台となる大鄴は架空のものですが、その設定や背景には中国史の要素が深く関わっています。
この記事では「浮図縁」に登場する宦官の権力や組織、殉葬制度といった歴史的な描写が実際にどの王朝のどのような史実を参考にしているのかを詳しく解説します。
また作中に登場する国の設定や登場人物の姓に隠された制作側の意図まで掘り下げ、ドラマの世界観がどのように造られているのか探ります。
- 登場人物は架空、でもモデルはいる?
- 残酷な殉葬と朝天女は実在した制度。
- 権力を持つ宦官は実在した。
- 「大鄴」は複数の中国王朝を組み合わせた国。
- 「慕容」「宇文」鮮卑姓が使われている理由。
浮図縁の登場人物や国は実在するの?モデルはいる?
肖鐸や歩音楼は実在の人物?
「浮図縁」に登場する主要な登場人物、肖鐸(しょうたく)や歩音楼(ほいんろう)は架空の人物です。実在はしません。特定の歴史上の人物を直接モデルにしているわけでもありません。
でも彼らの設定などには歴史上の宦官や女性たちの姿が重ねられている部分があります。
肖鐸:権力を持つ宦官のモデル
肖鐸(しょうたく)のように皇族よりも強い権力を持った宦官は中国史に数多く存在しました。
後漢末期には十常侍と呼ばれる宦官グループが霊帝の寵愛を受けて権力を握り政治を動かしています。宦官は後宮で皇族に直接仕えているので皇帝や皇后と親しくなりやすく、皇帝の信頼を受けて権力を握る人が多くいました。
明朝には皇帝の側近として政治の中枢に入り込み、時には内閣や軍を凌ぐほどの権力を持った宦官もいます。代表的なのは汪直(おうちょく)、劉瑾(りゅうきん)、魏忠賢(ぎちゅうけん)です。
昭定司のモデル・東廠
彼らは東廠(とうしょう)というKGBのような特務機関を支配下にもち。怪しいものがいると捕まえて拷問、処分しました。東廠の取締りは皇族から庶民にまで及び大変恐れられました。
肖鐸も昭定司という特務機関を支配しており、福王ら皇族以上の力を持っています。彼が街に出かけると民が逃げる描写もあります。
肖鐸が宦官なのに権力を持っているのは、こうした歴史上の宦官を参考にしているからなのです。

浮図縁~乱世に咲く真実の愛~
歩音楼:先帝の妃が新帝の妃になる
歩音楼(ほいんろう)のように、先帝の側室が次の皇帝から寵愛を受けることは中国史ではあまりありません。でも一部にはいます。新皇帝の慕容高鞏は歩音楼を自分の妃しようとします。
二代の皇帝の側室になった人物で有名なのが武則天です。彼女は唐の太宗の才人でしたが太宗の死後は出家。その後、高宗の側室として再び宮廷に戻り最終的には女帝にまで上り詰めます。
側室と宦官の恋はあるのか?
ドラマでは歩音楼は肖鐸の恋人になります。中国の皇帝の側室と宦官が恋人関係になったという公式な歴史記録はほとんど見当たりません。
宦官と宮女の擬似的な夫婦関係は珍しくありませんが、側室クラスになると話は別です。もともとそうならないための宦官ですし、後宮はとても厳しく管理されていて見つかれば厳しい処分があったからです。
皇太后・皇后クラスの力を持つ女性だと愛人をもつことがありました。北斉の胡太后は夫の武成帝が存命の頃から、和士開(わしかい)という宦官と関係があったとされます。秦の始皇帝の母・趙姫の愛人になった嫪毐(ろうあい)も表向きは宦官でした。
女性側に周囲を黙らせる力があれば別ですが、側室レベルでは実際にはほぼありません。だから禁断の恋として小説のネタになることがあるのかもしれません。
浮図縁に見る残酷な制度:殉葬と朝天女の真実
歩音楼の運命と史実の殉葬制度
「浮図縁」の冒頭で大きな問題になっているのが殉葬と朝天女といった制度です。ドラマでは崩御した皇帝への貢物として葬られるはずだった才人・歩音楼が福王に気に入られ、肖鐸に救われる設定になってます。
殉葬と朝天女は実際に明朝時代に存在しました。
殉葬とは君主が亡くなった後、その妃や側室、臣下、奴隷が共に埋葬されるという非情な制度でした。死後の世界でも君主に仕えるという考えかたがあるからです。「朝天女」という表現も天に仕える女性、天子に仕える女性といった意味合いで使われます。
中国王朝の殉葬と朝天女についてはこちらの記事で詳しく紹介しています。
・朝天女:殉葬の犠牲になった女性たち。中国王朝の残酷な慣習とその背景
浮図縁の歴史的背景とリアルな描写
宦官が権力をもつのは中国ならでは
「浮図縁」では宦官が権力を持っています。中国王朝では宦官が権力をもつことがよくありました。特に漢・唐・明の宦官の被害は深刻です。
宦官の存在する王朝は中国以外にもあります。朝鮮、ペルシャ、トルコなど後宮・ハレムのある国では宦官はいます(例外は日本)。
でも宦官が皇帝に迫る権力を持ったのは中国くらいです。その理由は別途お話するとして、中国王朝なら宦官が権力をもっていてもおかしくないのです。
警察組織を仕切る宦官は明王朝
「浮図縁」では肖鐸は、昭定司という組織を仕切る有力な役人として描かれます。皇帝直属の期間で謀反人や怪しい者がいないか調べて取り締まる警察組織のようなものです。
歴史上、明には東廠・西廠・錦衣衛という特務機関がありました。いずれの組織もトップは宦官です。普通の警察組織よりも上位にいる存在で、彼らに睨まれたら最後。まともな裁判を受けることもなく処分される恐ろしい組織です。
宦官が皇位継承に介入
ドラマでは肖鐸は福王と共謀して皇位継承争いに関わり。結果的に福王を新しい皇帝にしました。
史実でも皇位継承に宦官が介入したことがあります。とくに唐朝の末期には皇帝の権力が衰え、その代わりに宦官が政治の実権を握り、時には皇帝の廃位や即位まで影響を与えるようになりました。
唐代の宦官の強さはドラマ「与君歌」で描かれたような感じです。唐代の宦官は神策軍という軍隊を指揮下においていたので力がありました。
「浮図縁」の昭定司は軍隊ではありませんが、皇位継承に関わっているという点では似ています。
「大鄴」という国は実在した?
ドラマの舞台になる「大鄴(だいぎょう)」という国は実在しません。ではまったくゼロから作り出した国かというとそうではなく。いくつかの中国王朝の要素を組み合わせて作られています。
制度は明朝
ドラマの重要な要素になってる殉葬や朝天女は明朝の制度です。宦官が仕切る特務機関や内閣も明朝の制度です。
建物は漢~六朝
ドラマの建物や内装は漢王朝から六朝(呉・晋・宋・斉・梁・陳)の漢民族系の王朝を参考にしているようです。
もちろん実際の王朝よりも派手で豪華です。基本的な構造やデザインは、異民族に支配されていない漢民族系王朝の雰囲気を再現しています。
衣装は明+宋
衣装は明や宋をモデルにしているようです。中国ドラマにしては衣装の装飾はおとなしめ。結果的に明よりも宋や六朝に近くなっているかもしれません。これはドラマが低予算で造られていることと関係があるのかもしれません。
このように、専門用語やデザインなど一つ一つの要素は実在した王朝からヒントを得ています。そのため視聴者は実際にあった国のドラマを見ているかのように感じるかもしれませんが。架空の世界の中で物語が進んでいるのです。
鮮卑姓と殉葬制度の意外な関係
ドラマの皇帝は慕容氏
ドラマの国・大鄴(だいぎょう)の国姓(皇帝の姓)は慕容(ぼよう)です。
慕容氏が皇帝になった国は歴史上にも存在しました。五胡十六国時代の前燕・西燕・後燕・南燕の皇帝は慕容氏でした。
藩王には宇文(うぶん)氏が登場。藩王とは中華皇帝に従属する勢力の王で、強い者になると小国家並みの力を持っていたりします。
慕容も宇文も鮮卑姓
慕容や宇文の姓は遊牧騎馬民族だった鮮卑(せんぴ)に由来します。これらの鮮卑姓の人物が登場するということは、ドラマが漢民族中心の物語でなく様々な民族が存在していた時代の雰囲気を取り入れているといえます。
でも鮮卑族の国では殉葬の風習は一般的ではありませんでした。むしろ殉葬制度は漢民族王朝の明朝で制度化されていました。
鮮卑の国では殉葬は制度化されていないのに、ドラマの皇帝や有力者が鮮卑姓。そこから制作側の意図が透けて見えてきます。

白い布
野蛮な制度は漢民族王朝でやりたくない
それは残酷な殉葬制度のある国を漢民族王朝の設定にはしたくない。「蛮族の国」だからやっている。という印象を与えることで、残酷で非情な世界観を強調したかったのかもしれません。
でも現実には鮮卑だから野蛮というのは漢民族の偏見。ドラマの殉葬制度は明朝のものなのですから。
先帝の妃を娶るのは遊牧民王朝
もうひとつ、ドラマの皇帝が鮮卑姓を採用している理由が考えられます。ドラマでは歩音楼は先帝の妃ですが新皇帝となった慕容高鞏の妃になります。
先帝の側室を次の皇帝が妃にするのは漢民族王朝ではありえません。
武則天は唐王朝の人でしたが、唐は鮮卑が中心になって作った国。遊牧民の国では君主が交代すると妃たちは新しい皇帝が面倒をみました。
中原で王朝を作った遊牧民系の国では漢人の考えを取り入れているので、そういうのはなくなりました。でもたまにそういう人が出ることはあります。
なので先帝の側室が新帝の側室になる設定は遊牧民系王朝の方が説得力があるのです。
そこで漢民族風の王朝だけど遊牧民の雰囲気が残っている。という微妙な設定になっているのでしょう。
このように、史実をそのまま再現するのではなく、物語のテーマや雰囲気に合わせて要素を再構築している点が「浮図縁」の創作の特徴と言えるでしょう。
まとめ:歴史を脚色してエンタメ化した『浮図縁』
ドラマ「浮図縁」は登場人物や舞台となる国の名前こそ架空ですが、その背景には中国史のリアルな要素が巧みに取り入れられています。
肖鐸や歩音楼といったキャラクター設定には実際に権力を持った宦官や、時代の波に翻弄された女性たちの姿が重ねられています。
特に宦官が特務機関を掌握し皇位継承にまで介入するという描写は、明朝の東廠や、唐代の宦官の歴史が影響しています。
衝撃的な殉葬制度や先帝の妃が新帝の妃となることなど、一見すると奇妙に思える設定も明朝の史実や遊牧民族の文化から着想を得ていることがわかります。
これらが「大鄴」という架空の国で展開されることで、制作者の「残酷な制度を漢民族の王朝に背負わせたくない」という意図や、他のドラマとは違った演出をしたい。という狙いが透けて見えてきます。
『浮図縁』は史実をアレンジして物語のテーマや雰囲気に合わせて脚色することでエンタメ作品としての面白さを作り出そうとしているのです。
ドラマのあらすじやネタバレについてはこちらの記事を御覧ください。
浮図縁(ふとえん) あらすじ各話一覧
ドラマの登場人物やキャストについてはこちらの記事をどうぞ。
浮図縁 乱世に咲く真実の愛のキャストと登場人物を紹介
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