タナシルリは韓国ドラマ「奇皇后 ふたつの愛 涙の誓い」で強烈な印象を残した悪役キャラです。
彼女の傲慢さや嫉妬深さといった鮮烈なキャラクターは、ドラマを彩る上で欠かせない要素でした。ウザいけど憎めない・かわいいという変わっったキャラクターです。
この記事では、この魅力的なタナシルリが、歴史上本当に実在したのかどうかを探り、そのモデルとなった元朝の皇后ダナシリについて解説していきます。
ドラマでの描かれ方と史実との違いを知ってより深く「奇皇后」の世界を楽しんでみませんか?
1.「奇皇后」のタナシルリ
タナシルリはドラマ「奇皇后 ふたつの愛 涙の誓い」でひときわ強い存在感を放ちました。ここではドラマのタナシルリの役割や性格、そして最後について振り返ってみましょう。
美貌の裏に隠された野心
タナシルリは元の皇帝タファンの最初の皇后として登場します。絶大な権力を持つ父 ヨンチョル丞相を後ろ盾に、その美貌と自信を武器に宮廷内で存在感を示します。
でも、その内面には皇后としての地位を守り抜こうとする強い野心と、手に入らないものへの激しい嫉妬心が渦巻いていました。
むかつくけどかわいいタナシルリ
タナシルリは、性格の歪んだ悪役キャラです。でもその華やかな姿やどこか憎めない言動になんだかムカつくけど かわいい と感じる不思議な魅力がありました。
懐妊できずマハを育てる
彼女自身は愛する人との間に懐妊することはなく孤児のマハを引き取り息子として育てました。実子ではないマハへの愛情深さは、彼女の人間らしさ感じさせる一面でした。
かわいそう にも思える境遇
最終的に処刑されてしまうのですが、権力闘争の中で翻弄され孤独を抱え死んでいった姿に かわいそう と思えることもありました。
奇皇后 スンニャンとの激しい対立
物語が進むにつれて、タナシルリは主人公であるキ・スンニャン(後の奇皇后)と激しく対立していきます。
スンニャンがタファンの寵愛を受け、次第に力をつけていくことに強い危機感を抱き、様々な陰謀を企てます。二人の女性の間に繰り広げられる息詰まるような権力闘争はドラマの大きな見どころの一つでした。
処刑によって悲劇的な最後
しかし、ヨンチョルの勢いが衰え、ついにその悪事が暴かれる時が来ます。タナシルリは過去の罪が暴かれ冷宮へと送られました。
そして、タファンによってヨンチョルが討たれるとタナシルリにも自害が命じられます。最後まで自身の誇りを守ろうとした彼女はそれを拒否。最終的には処刑という悲劇的な結末を迎えます。
タナシルリはヒロインの敵になるキャラなのですが、どこか憎めないところもあり、切なくかわいそうと思えるキャラでした。
2. 史実の ダナシリ皇后
ドラマ「奇皇后」のタナシルリのモデルとなったのは、元朝の最後の皇帝である恵宗 トゴン・テムルの最初の皇后、ダナシリ(答納失里)です。ここでは、史実におけるダナシリ皇后について解説します。
元朝末期の動乱
ダナシリ皇后が生きたのは14世紀の元朝末期です。この時代は国内の混乱や飢饉、そして大規模な反乱である紅巾の乱など、元朝が大きく揺らいでいた時期です。
当時の元朝では軍閥出身の有力な臣下が皇帝を傀儡とし、自らの権力を拡大する動きが強まっていました。
この時期に絶大な権力を持っていたのはキプチャク軍閥の首領エル・テムル(燕帖木児)です。
強大な権力者、エル・テムルの娘
1320年。ダナシリはモンゴル帝国(大元)の将軍エル・テムルの娘として生まれました1)。
名前の「ダナ」はモンゴル語で「大きな真珠」、「シリ」はサンスクリット語で「吉祥(幸運・おめでたいこと)」の意味です2)。仏教の影響を受けているようです。
父エルテムルは皇帝以上の権力を持つと言われたキプチャク軍閥を率いる強大な将軍でした。
恵宗 トゴンテムルが即位したときにはすでに父エルテムルは病死していましたが。父の権力を受け継いだ兄タンキシュによってトゴンテムルの第一皇后になりました。
恵宗トゴンテムルの皇后になる
1333年6月。恵宗トゴンテムルが皇帝に即位。その翌月にはダナシリが皇后になることが決定しました。
タンキシュは妹を皇后にすることで皇帝の外戚としての地位を確立、更なる権力を握ろうとしたのでしょう。
1334年、14歳(数え年で15歳)の若さでダナシリは正式に正皇后(第一皇后)の座につきました。
史実の奇皇后との関係
ところが皇帝トゴンテムルは次第に宮女の奇氏(後の奇皇后)を寵愛するようになりました。
トゴンテムルはダナシリの実家を快く思っていなかったこともあり、あまりダナシリに好意はもってなかったようです。
ダナシリは嫉妬心から奇氏を鞭で打つなどの虐待を加えるようになります。トゴンテムルはタンキシュら勢力の強さを恐れ、ダナシリを罰することができませんでしたが、激しく憎むようになりました。
ダナシリとトゴンテムルの関係はさらに悪化します。
一族の衰退
父の死後、兄のタンキシュが後を継ぎ中書右丞相となっていましたが、エルテムルが生きていた頃のような絶対的な力は失われていきました。
しだいに軍閥の中で力をつけてきたバヤンの勢力が強くなります。
兄の反乱と悲劇的な結末
1335年。バヤンの勢力拡大に焦ったタンキシュは弟のタラカイと共に反乱を起こします。しかし、この反乱はバヤンによって鎮圧されました。
反乱の際、弟のタラカイはダナシリの宮殿に逃げ込みました。でもバヤンの軍によって連れ去られてしまいます。兄の反乱によって、一族の多くが処罰されてしまいダナシリ自身の立場も大きく揺らぎます。
ダナシリ皇后の最期
そしてついにダナシリは皇后の位を廃され、身分を庶民へと落とされてしまいました。
その後、彼女は開平府(現在の内モンゴル自治区)で平民として暮らすことになりましたが、バヤンは彼女の処刑を決定します。
その年のうちに、ダナシリは毒薬を飲んで亡くなりました。まだわずか15歳という若さでした。
ダナシリ皇后は兄の反乱に巻き込まれ、若くして命を落とすという哀れなものでした。
彼女の短い生涯は、強大な権力を持つ一族の盛衰に翻弄されたものと言えるかもしれません。
なお、「新元史」ではダナシリはトゴンテムルの寵愛を得ていた3)と書かれていますが。これはダナシリ一族の力を恐れてそのように振る舞っていたのかもしれません。
そうでなければダナシリが処刑されたときの冷たい態度が説明つきませんし。奇皇后を虐めていたダナシリにそこまで愛着を持てるとは思えません。
ドラマとの比較:虚像と実像
ドラマ「奇皇后」のタナシルリは、物語を盛り上げるために、より強烈なキャラクターとして描かれています。
嫉妬深く、陰謀を企てる悪女としての側面が強調されています。
でも史実のダナシリ皇后は、父や兄の権力に守られた皇后であり、その権力を盾にして横暴に振る舞い。一族の失脚と共に悲劇的な運命を辿りました。
3. タナシルリのドラマと史実の違い
さて、前章では史実のダナシリ皇后を紹介しましたが、ドラマ「奇皇后」のタナシルリとは、いくつかの違う部分があることが分かると思います。
ここではその違いと、ドラマならではの創作について、穏やかな視点から探っていきましょう。
登場人物の名前
ドラマ「奇皇后」と「史実」では名前が違います。
続柄 | 「奇皇后」 | 「史実」 | 漢字表記 |
本人 | タナシルリ | ダナシリ | 答納失里 |
夫 | タファン | トゴンテムル | 妥懽帖睦爾 |
父 | ヨンチョル | エルテムル | 燕帖木児 |
兄 | タンギセ | タンキシュ | 唐其勢 |
兄 | タプジャヘ | タラカイ | 塔剌海 |
敵 | ペガン | バヤン | 伯顔 |
(漢字表記の出典は『元史』より)
ここで紹介したタナシルリと関係者は実在の人物です。ドラマと史実で名前が違うのは「奇皇后」のキャラクター名が史書の漢字(あるいはその省略形)を現代韓国語で発音しているのに対し、「史実」はモンゴル語をもとにした発音のためです。
性格描写の違い
ドラマのタナシルリは非常に強い嫉妬心と攻撃性を持つ女性として描かれています。目的のためには手段を選ばず、陰謀を企てることも厭いません。
一方、史実のダナシリ皇后も奇氏に体罰を与えたりと攻撃的な人物に描かれています。でもドラマのような策略家としての側面は見られません。
もちろん史書に全てが記録されているわけではありませんが、ドラマは喜怒哀楽のはっきりした、より劇的なキャラクターに脚色されています。
奇皇后との関係性の強調
ドラマではタナシルリと奇皇后(スンニャン)は、最初から激しい敵対関係にあります。
タナシルリは、ヤンがタファンの寵愛を受けることを強く警戒し、様々な妨害工作を行います。
しかし史実では、ダナシリ皇后が一方的に奇氏に体罰を与える描写です。奇氏が反撃したかどうかは記録されていません。
むしろ虐待を受ける奇氏を気の毒に思いトゴンテムルがさらにダナシリを恨む様子が記録されています。
ドラマでは二人の女性の対立を物語の軸の一つとして強調することで、よりドラマチックな展開を生み出していると考えられます。
ワン・ユとの関係は創作
ドラマではタナシルリがワン・ユに対して誤解した感情を抱くという設定があります。
でも史実においてダナシリ皇后が高麗王や高麗王族に恋愛感情をもっていたという記録は一切ありません。これはドラマオリジナルの創作です。
政治への関与の度合い
ドラマでは、タナシルリも父ヨンチョルと共にある程度政治的な影響力を持っているように描かれています。
しかし、史実のダナシリ皇后が自ら積極的に政治に関わった記述はありません。
ドラマでは皇后という立場を利用してより物語を複雑にするために、このような描写が加えられたのかもしれません。
タナシルリはなぜこんなに脚色されたのか?
歴史ドラマは史実を基にしていますが、エンターテイメントとして視聴者を引き込む必要があります。
そのため、史実とは違う設定や展開が用いられることが多いです。特に韓国ドラマではその傾向が大きく。ドラマ「奇皇后」はほぼ作り話です。
タナシルリのキャラクターもその典型と言えます。彼女の強烈な個性や、奇皇后との激しい対立は物語をより面白くするための創作なのです。
史実を尊重することも大切ですが、テレビドラマはあくまでもエンタメ作品。歴史上の人物をモデルにしてはいても、物語としての面白さを追求するものです。
タナシルリという魅力的なキャラクターを通して「奇皇后」は多くの視聴者を惹きつけ楽しまれているのですから、創作の力もまた物語の重要な要素と言えますね。
4. まとめ
ドラマ「奇皇后」に登場したタナシルリは、実在したダナシリ皇后をモデルとしたキャラクターです。
この記事ではドラマでの強烈な描かれ方と、史実における彼女の生涯、特にその悲劇的な最期について見てきました。
ドラマはエンターテイメントとして脚色されています。でも史実を知ると歴史上の人物の違った一面や、当時の社会・歴史背景をより深く理解することができます。
タナシルリという魅力的なキャラクターを通して、歴史への興味を持つきっかけとなれば幸いです。
参考文献
1) 宋濂主等『元史』巻114列傳第1。
2)方貴齡主編『元明戲曲中的蒙古語』漢語大搜尋出版社、1991年、P.124。
3) 柯劭忞等『新元史』巻104列傳第1。
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