三国志の あざな（字）とは？意味・使い方・由来をわかりやすく解説

三国志を読んでいると、「孔明」「玄徳」「孟徳」など、名前のあとにもう一つの名が添えられています。これは古代中国で成人した証として与えられた“字（あざな）”です。

字（あざな）に込められた意味を三国志の人物たちを例に詳しく解説します。

 

この記事でわかること

• 三国志の人物が“字”で呼ばれる理由
• 「孟・仲・叔・季」などの名付け慣習
• 名と字の関係、徳目を込める文化
• 三国志で“字”がどう使われたかの具体例

 

あざな（字）とは？

 

古代中国では「姓」「諱（いみな）」「字（あざな）」という、三種類の名前がありました。

私たちが生まれてすぐ親からもらう名前。これが「諱：いみな」で、本名のことです。ただ、昔は本名を軽々しく呼ぶのは失礼だとされていました。だから親や身分の高い人以外は、この本名を直接呼ぶのを避けていたんですね。

そこで大人になった証として新しくもらう名前が「字（あざな）」なんです。

これは『礼記・曲礼上』にも書かれています。

「男子二十冠而字、女子十五笄而字」
（男子は二十歳で冠をかぶり字を持ち、女子は十五歳でかんざしをつけ字を持つ）

出典：『礼記・曲礼上』

字は成人の証で社会の中で使う“敬意をこめた名前”。親や主君など特別な相手だけが本名（諱）を呼び、それ以外の人は相手に礼を示すために「字」で呼ぶのがマナーでした。

 

字（あざな）と諱（いみな）の関係

古代の中国人は、一人につき「姓」「名（諱）」「字」の三要素を持ちました。

• 姓 … 一族や血統を示す。
• 諱 … 本名。軽々しく呼ぶのは無礼。
• 字 … 成人後に与えられる社会的呼称。友人や同僚が使う。

「名は親がつけ、字は他人が呼ぶ」

出典：『礼記』

 

「字」は社会で相手に敬意を払うための呼び名だったんですね。

本名（諱）で呼べるのは親や主君、目上の人に限られていました。他の人は「字」で呼ぶのが礼儀だったんです。相手に敬意を持っているという気持ちを表すサインでもありました。

逆に、相手の本名（諱）をあえて使うのは、ものすごく失礼な言い方になります。字は礼儀と尊敬の気持ちを形にした名前だったのです。

 

具体例：諸葛亮（しょかつりょう）の場合

三国志で有名な諸葛亮（しょかつりょう）を例に見てみましょう。

彼の本名「亮」を直接呼ぶのは親や上司など立場が上の人以外はマナー違反。だから同僚や友人たちは「孔明」と呼んで敬意を示していたわけです。

歴史の記録などでは「諸葛亮」と書かれていても現実社会では「孔明」と呼ばれることがほとんどだった。というわけです。

「三国志」などで同じ人が色々な名前で出てくるのは、この「字（あざな）」の文化があったからなんです。名前が複数あるって、なんだか面白いですね。

 

三国志に見る「あざな」の使い方

三国志では登場人物の多くが“字（あざな）”で呼ばれています。それが当時の人間関係や礼儀を表しているからです。

たとえば、劉備が諸葛亮を「孔明」と呼ぶのは彼に敬意と親しみ込めた呼び方だからです。単なる別名ではありません。

一方、主君が部下を本名（諱）で呼ぶのは上下関係があるからです。

三国志で使われる「字」は、その人が周りからどう見られ、どれだけ敬われていたかを知るための大切な手がかりになるんです。

 

以下に代表的な人物と彼らが社会で使っていた「字」をまとめてみました。

人物	字（あざな）	意味・由来	備考
劉備（りゅうび）	玄徳（げんとく）	深く徳を備える人	蜀の建国者
曹操（そうそう）	孟徳（もうとく）	「孟＝長男」「徳＝徳行」	魏の創始者
諸葛亮（しょかつりょう）	孔明（こうめい）	「孔＝深遠」「明＝聡明」	知略の象徴
関羽（かんう）	雲長（うんちょう）	高潔な徳を雲にたとえる	義の神として崇拝
張飛（ちょうひ）	益徳（えきとく）	「徳を益す」	勇猛な義の男
孫権（そんけん）	仲謀（ちゅうぼう）	「仲＝次男」「謀＝策」	呉の皇帝

 

呼び方でわかる人間関係

古代中国では、呼び方ひとつでその人との関係や立場が明確に示されました。

呼び方	呼ぶ人	関係性
諱（名）	親・主君	極めて親密または支配関係
字	友人・同僚	敬意と親愛を込めた対等関係
官職名	公の場	立場を尊重する公的呼称

その人が役職についている場合。公の場では「丞相」「将軍」などの官職名で呼ぶのが礼儀でした。一方、個人的な場では「孔明」と字で呼び親愛と尊敬を示しました。

呼び方ひとつで関係性や社会秩序が伝わるのです。

 

三国時代における字（あざな）の習慣

三国志の時代（後漢末〜魏・蜀・呉）には「字（あざな）」の付け方にも一定の伝統や文化的ルールがありました。ここでは当時実際に見られた代表的な五つの習慣を紹介します。

兄弟順を表す字（孟・仲・叔・季）

兄弟の順番を示す伝統的な表現に「伯仲叔季（はくちゅうしゅくき）」があります。『論語・微子』に登場する「伯夷・叔斉」の兄弟名がその起源で、『礼記・曲礼上』には次のように記されています。

「兄弟之次，伯仲叔季也。」
（兄弟の順は、伯・仲・叔・季である）

出典：『礼記・曲礼上』

後漢以降になると「伯」に代わって「孟」が使われるようになり、「孟仲叔季」が一般化しました。

古代中国では兄弟の序列を示すために「孟・仲・叔・季」という文字を字に取り入れる習慣がありました。これは後漢以降の士族階層でも続いており、三国時代の人物にも多く見られます。

序列	字	意味	例
長男	孟・伯	最初に生まれた子	曹操（孟徳）
次男	仲	兄弟の次の子	孫権（仲謀）
三男	叔	三番目の子	劉表（叔度）
末子	季	最後の子	孔融（季文）

この慣習は、家族の序列を明確に示し、礼儀と秩序を重んじる儒教的価値観の反映でした。

 

名と字の意味を連動させる

「名」と「字」は意味的に対を成すように付けられるのが理想とされました。名は親が付け、字は成人後に本人または師が付けるため二つの名は性格や理想を補い合う構成になります。

• 諸葛亮（名：亮／字：孔明）→ 「明るい」をさらに深めた「聡明・洞察」
• 劉備（名：備／字：玄徳）→ 「備える」と「深い徳」で徳を備える人物像
• 張飛（名：飛／字：益徳）→ 「飛ぶ力」に「徳を増す」意味を加える

字はその人物の理想像や徳を象徴する“もう一つの名前”として機能していました。

 

 徳目を込める字

儒家思想の影響が強かった三国時代では、字に「徳」「仁」「義」「明」「忠」などの徳目を含めるのが一般的でした。これは人物の内面的価値を表すもので、君子たる理想を示しています。

徳目	意味	用例
徳	人としての徳性・品格	劉備（玄徳）、曹操（孟徳）
明	知恵・洞察・光明	諸葛亮（孔明）
仁	思いやり・慈愛	（例：後代では「仁義」系の字が多い）
忠	誠実・主君への忠義	（例：後漢〜魏晋官僚の間で頻用）

この傾向は君子理想を重視する士大夫（知識階層）の文化を象徴するものです。

音韻や字形の調和

教養人たちは、字と名・姓との「音の響き」や「文字の形のバランス」を意識して命名しました。字そのものが美しく響くことが、人格や教養を表すと考えられていたのです。

たとえば「孔明」のように「孔」と「明」が韻律的に調和している例や、「仲達」（司馬懿）、「元直」（程昱）など、音と意味の整った組み合わせが多く見られます。

 

冠礼（成人儀）による授与

字は成人した証として与えられるもので、20歳前後に行われる「冠礼（かんれい）」の儀式で授かるのが正式な習わしでした。授けるのは通常、父親や師、尊敬される年長者です。

『礼記・冠義』曰く：「字を命ずるは、以って徳を称すなり」 （字を与えるのは、その人の徳を称えるためである）

つまり字は単なる通称ではなく、「社会的承認」と「人格評価」を表す名でもありました。

 

女性の「あざな」

女性も字を持つのは可能？

古代中国の文献『礼記』によると女性も字を持つことができたとされます。

女子十五而笄、字之

出典：『礼記』 

字は基本的に男性中心の文化だったのです。

字をもつ女性の例

名前	字（あざな）	備考
蔡琰	文姫	後漢末の才女。『胡笳十八拍』の作者。
孫魯班	大虎	孫権の娘。政治的影響力を持つ女性。
李清照	易安	宋代の詩人。文学史上屈指の女性。

三国志で字を持つ女性はいた？

三国志（後漢末～三国時代）で公式に字を持つ女性はほとんど存在しません。

字は成人男子の社会的資格の象徴。政治・軍事の舞台に立たない女性には基本的に不要とされました。『三国志』（陳寿著）でも女性は「甄氏」「喬氏」「呂夫人」など、氏や夫の名でしか記されています。

孫魯班のような皇族や、後漢末の才女・蔡琰（昭姫あるいは文姫）のような一部の人は字を持ちました。彼女は学問と詩文に優れ、戦乱の中で匈奴に囚われるという数奇な運命を経験。帰国後に『胡笳十八拍』を作り、「文姫（ぶんき）」の字で後世に知られます。

 

正史と演義で異なる「あざな」の扱い

作品	特徴	字の使い方	例
『三国志』（正史）	史実を重視。人物識別として使用。	「姓＋名＋字」で紹介。	「劉備、字は玄徳」
『三国志演義』	物語性を重視。友情や敬意の象徴。	仲間同士で字呼びが多い。	「孔明先生」「玄徳兄」

正史では字は正式な識別名、演義では敬意や友情の象徴として描かれます。

この違いを知ると、登場人物たちの言葉に込められた文化的意味がよく理解できます。

 

まとめ：あざなを知れば三国志がもっと面白い！

• あざな（字）は、成人後に与えられる社会的・礼儀的な名前。
• 「諱」は親や主君が、「字」は友人や同僚が呼ぶ。
• 女性にも一部で字が与えられたが、例外は蔡琰（文姫）のみ。
• 三国志では人物の徳や理想を象徴する重要な要素。
• 呼び方の違いから、人間関係や立場が読み取れる。

「孔明」「玄徳」「孟徳」といった呼び方一つで、彼らの人間関係や社会での立場がよくわかります。

それぞれの「字」にどんな意味が込められているかを知ると、劉備や曹操といった人物が、何を理想としていたのかが見えてきますよ。

 

あざな FQA

Q1：あざなと名前の違いは何ですか？

「名（諱）」は本名で親がつける名前。「字（あざな）」は成人後に他者が呼ぶための敬称です。社会的に認められた別名のようなものです。

 

Q2：女性にも字がありましたか？

原則として女性は字を持ちませんでしたが、蔡文姫など一部の才女や皇族に例外的に与えられました。

 

Q3：「号」と「字」の違いは？

「字」は成人時に与えられる社会的な呼称、「号」は自分で名乗る芸名・雅号です。後世の文人や僧侶は号を多く使いました。