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明蘭 のあらすじ 70・71・72話:顧廷燁の流罪と都で謀反

明蘭 70話・71話・72話のあらすじを紹介します。顧廷燁が官爵を剥奪され流罪を命じられます。明蘭は登聞鼓を打ち訴えますがその声は届いたのでしょうか?そして72話では都で謀反が発生。

この記事では、物語の激動と夫婦の絆が試される3話の要点をまとめて明蘭の強さと覚悟、顧廷燁の真の姿に迫ります。

 

この記事で分かること

  • 70話:顧廷燁に流罪の詔が下り、明蘭は離縁を拒んで牢を訪れる

  • 71話:団の宴で刺客を誘い出し証拠を確保した明蘭が登聞鼓で訴える

  • 72話:都で謀反が発生、明蘭は澄園を襲う刺客から家族を守り抜く

ピソードを見たい方は
明蘭 才媛の春 あらすじ ネタバレ全話一覧紹介をご覧ください。

 

 

明蘭 70-72話 あらすじボタン

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第70話あらすじ

第71話あらすじ

第72話あらすじ

 

 

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明蘭 あらすじ 70話 夫婦の絆

要約
顧廷燁に官爵と称号を剥奪され秋に二千里の流罪になると詔が下る、明蘭は離縁を拒んだまま泣き叫びます。

あらすじ70話 顧廷燁に流罪の詔

明蘭が祖母にこれまでの顧廷燁の話をしていると、小桃たちがやってきて「顧廷燁が投獄」という報告を聞かされます。その瞬間、明蘭はあまりの衝撃に崩れ落ちてしまうのでした。

それでも彼女は諦めません。助けを求めて沈家へ走り、さらには侍女になりすまして皇后のもとへ潜り込みます。先帝が遺した密書の存在まで切り札に出して、ようやく面会の機会を掴み取りました。

ようやく会えた牢獄で顧廷燁は明蘭を思って離縁を切り出します。しかし明蘭は首を縦に振りません。生まれてくる子の名を「団」にすると決め、再会の日を力強く宣言して彼を抱きしめました。

しかし現実は非情です。その直後、爵位の剥奪と流罪を命じる詔が届きます。明蘭の必死な叫びだけが冷たい牢獄の外まで虚しく響き渡るのでした。

 

ここに注目:王若弗の離縁勧告は冷たさか?母の愛か?

夜の澄園に乗り込んだ王若弗は明蘭に離縁を勧めました。この言葉は薄情にも思えますよね。でも当時の「家」の考え方で見れば、これは現実的な救済策でした。

「連座」の恐怖: 顧廷燁が大逆罪になれば、妻の明蘭や幼い息子もタダでは済みません。財産は没収され、一族郎党すべてが生活できません。子の縁談や就職にも影響します。王若弗はそれを知っているからこそ「まずは子の籍を守れ(=顧家と切り離せ)」と助言。顧家とともに落ちぶれる娘を救おうとしたのです。

明蘭の覚悟: それに対して明蘭は拒否。ここで離縁すれば秦氏ら敵に「顧廷燁は見捨てられた」という絶好の隙を与えることになります。明蘭が一家団欒にこだわったのも「私が諦めなければ、この家はまだ終わらない」という覚悟と戦う意思があったからといえます。

 

解説:顧廷燁の受けた罰の重さの絶望感

顧廷燁が詔で下された処分は、現代の感覚をはるかに超える厳罰です。

  • 身分の喪失: 官爵を奪われることは、給料や肩書だけでなく、これまで彼らを守っていた人に命令する権限や特権階級としての地位が消えることを意味します。今まで自分に従っていたものが、ここぞとばかりに反撃してくる可能性もあります。身分社会だけに特権が消えるのは現代人が想像する以上に落差のある処分となります。
  • 二千里(約1,000km)の流刑: 故郷から引き離され過酷な辺境へ送られるこの罰は、道中での病死も多く、仕送りがなければ現地で生きるのも大変。生活残された家族との縁も物理的に断たれます。実質的に死刑宣告に近いものでした。

ただ救いなのは刑の執行が秋ということ。それまでに覆すことができれば流罪にはならなくてすみます。この時間差はいったい何を意味するのでしょうか?

 

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明蘭 あらすじ 71話 妻の祈り

要約
明蘭は団の満月宴を餌に刺客と証人を確保し、宮門の太鼓で夜通し訴えた末に倒れて皇后のもとへ運ばれます。

71話 

出産後の静養を終えた明蘭は、息子の団のために満月を祝う宴を澄園で開くことに決めました。目立つ行動は危険だと小桃は引き止めますが、明蘭の決意は揺らぎません。必ず刺客が動くと読んでいたからです。

その予想通り、混乱に乗じて黒装束の女が団に刃を向けました。しかし、控えていた石頭が阻止します。捕らえた刺客の正体はやはり秦氏が送り込んだ銭鳳仙でした。

夜、明蘭は祖母に自分の立てた策のすべてを打ち明け、覚悟を持って別れを告げます。それに対して祖母は証人となる康兆児を用意してくれるのでした。

翌朝、明蘭は格式高い「誥命(こうめい)」の礼服に身を包み、宮門の前に置かれた登聞鼓の前に立ちました。夫の冤罪を晴らすため声を枯らして訴え続けますが、門が開く気配はありません。

夜が明けてもその場に座り込み、最後の一振りをしようと太鼓に手を伸ばした瞬間、彼女はついに限界を迎えその場に崩れ落ちたのでした。

墨欄はそんな明蘭の姿を見て内心得意になります。その後、家に戻ったところ梁晗が侍女の秋江といるのを見ました。怒る墨欄でしたが、梁晗には墨欄の過去の悪事は知られていました。

墨欄は梁晗や侍女にも見捨てられ呆然とするしかありませんでした。

 

ここに注目:なぜ明蘭は満月祝いを開いたのか

明蘭は息子の祝いのために宴を開きましたが。それは罠でした。秦氏が子を狙ってくると見越して証拠を掴むために人を集めました。団が本当に狙われないように寝台には木で作った身代わりを置き、石頭を配置しています。

現れた刺客を捕らえて証拠にする。しかもその刺客は秦氏の手下・銭鳳仙でした。これで秦氏が人を使って子を殺そうとした」と殺人事件として訴えることができます。さらに祖母が証人を用意してくれたので、訴えれば受け付けてもらえる可能性が高くなります。

 

宋時代の登聞鼓の仕組みとドラマとの違い

宋時代の登聞鼓は冤罪や不正を訴えるための手段として都に置かれました。でも太鼓を叩けば誰でもすぐに裁きを受けられるわけではありません。訴えは本来、県や州の役所に出し手順を踏まないといけません。どうしても受け付けてもらえない場合の最終手段です。

太鼓を叩くと訴状は登聞鼓院という担当部署が受け取り内容を確認します。証人がいるか、具体的な相手が示されているか、調べれば事実関係が確認できるかが見られます。ここで不十分だと握りつぶされるか、逆に罰せられることもありました。

明蘭71話では明蘭が誥命の服を着て夜通し太鼓の前に座り続けました。演出は誇張されていますが、明蘭が行っている意味としては間違っていません。刺客の銭鳳仙という人証、康兆児という証言者を揃えて調べれば白黒が分かる形にしているからです。

その結果、明蘭は罰を受けずにすみ皇后に話を聞いてもらえました。でも解決はしていませんが、明蘭は何か得たものはあったのでしょうか?

 

 

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明蘭 あらすじ 72話 決起の時

要約
都で謀反が起き澄園に刺客が雪崩れ込む中、明蘭は子どもを隠して賊を迎え撃つ。

72話あらすじ 都で謀反、朱曼娘の最後

秦氏は明蘭が血を吐いて倒れたという知らせを受けて、澄園を監視しながら好機をうかがいます。

一方の明蘭は祖母や盛家の人々に支えられ、夫が流罪になるまでのわずかな猶予期間で事態を収拾しようと決意しました。

そんな折、辺境で戦が勃発します。顧廷燁は平民の身分に落とされたまま戦地へ向かいますが、ほどなくして「精鋭部隊が壊滅し、彼は行方不明になった」という衝撃的な知らせが届きました。

動揺が広がる都の混乱に乗じて、今度は皇后の使いを名乗る内官が澄園を訪れます。しかし明蘭はそれが罠であることを見抜き、すぐさま男を捕らえさせました。

その夜、ついに謀反が起きました。首謀者は劉貴妃と、その姉の夫の馬輝将軍。澄園にも刺客たちが乱入。

あの朱曼娘が子供の命を狙って迫りますが、ここは常ばあやが返り討ちにしました。明蘭は家族を守り抜くため、必死に耐え忍びます。

都では炎が燃え上がり、宮中も混乱しています。そこに死んだはずの顧廷燁が駆けたのでした。

 

ここに注目:なぜ皇帝は、顧廷燁を戦に出したのか

朝議で顧廷燁を巡る議論が続きますが、皇帝はずっと態度が曖昧です。
無実だとは言いません。かといって処刑もしません。流刑先に送るのは秋というまだ先の話。最終的に選んだのは平民に落として兵卒として出征させるという中途半端な形でした。

ここで引っかかるのは、皇帝は顧廷燁が役に立つことは分かっているのではないかということ。でも政治の場や都に置くことはできないと判断しているという点です。だから戦争を理由に外に出しました。

結果的に反乱が怒ったとき、顧廷燁は軍を率いて戻ってきました。あまりにもタイミングが良すぎます。本当に爵位を取り上げられ一兵卒として派遣されたらあそこで軍を率いることはできないはずです。

皇帝は顧廷燁が戻ってくるのを知っていたのではないか?と思えるのです。

皇帝と顧廷燁は何を考えているのか?その真相は最終回で明かされるのでしょう。最終回が待ち遠しいですね。

 

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この記事を書いた人

歴史ブロガー・フミヤ

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京都在住。2017年から歴史ブログを運営し、これまでに1500本以上の記事を執筆。50本以上の中国歴史ドラマを視聴し、史実とドラマの違いを正史(『二十四史』『資治通鑑』など)に基づき初心者にもわかりやすく解説しています。

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