PR

惜花芷 最終回(40話)あらすじネタバレ:六皇子の皇位継承の歴史的な意味とは

『惜花芷』最終回(40話)のあらすじとネタバレをまとめました。

皇帝・顧成焘の崩御と六皇子・顧宴昭の即位。花家の再会と花芷&顧宴惜の結婚。揺れ動く王朝の結末を振り返ります。

皇帝の崩御と六皇子の即位、花家の赦免と再会、そして花芷と顧宴惜の結婚までを描く最終回。民の痛みを知った新皇帝の誕生と、家族の新たな人生の始まりを紹介します。

 

この記事で分かること

  • 六皇子・顧宴昭がなぜ新皇帝となったのか、その背景と成長

  • 皇帝崩御から王朝が再生へ向かうまでの流れ

  • 花家の赦免と家族の再会、登場人物たちの新しい人生

全体のあらすじを見たい方は
惜花芷(せきかし)あらすじネタバレ 全話一覧をご覧ください。

 

スポンサーリンク

惜花芷 最終回 あらすじ あの日の答え

要約

  • 皇帝 顧成焘が崩御し、太后が六皇子顧宴昭を新たな後継者として発表。
  • 花家の男たちが赦免され、家族全員が再会。
  • 顧宴惜と花芷が花家で結婚し、皆から祝福を受けた。

 

あらすじ40話 

皇帝 顧成焘は皓月の仕掛けた罠にはまり毒に侵されて命を落とします。その混乱に乗じて惠王が反逆を企てますが、顧宴惜が機転を利かせて未然に防ぎました。

顧成焘は息を引き取る間際、顧宴惜はこれまで彼を父のように慕い頼りにしてきたことを素直に伝えました。そして影の組織である七宿司をこれからも守り抜くと固く誓いました。

臣下たちは跡継ぎがいないことに戸惑ってしましたが、太后は次の皇帝として六皇子の顧宴昭を立てます。これにより、荒れていた王朝は少しずつ落ち着きを取り戻していきました。

これまで苦境に立たされていた花家にもようやく許しが出ます。長らく離れ離れになっていた家族が再会。抱き合って涙を流すのでした。

そして花芷と顧宴惜は花家で盛大な結婚式を挙げました。大切な家族や友人に囲まれ、二人は晴れて夫婦となりました。

花家の人々も、それぞれが商売や学問、あるいは新しい恋や家庭といった自分らしい道を歩み始めています。

顧宴惜と花芷はこれからも手を取り合って生きていくことを約束。苦難を乗り越えた二人の前には希望に満ちた新しい毎日が広がっているのでした。

 

スポンサーリンク

解説:居場所をなくした少年が「真の皇帝」になるまで

ドラマのラストで驚いたのが六皇子・顧宴昭の皇帝即位です。六皇子は一度は皇族の名簿から名前を消され、顔に傷まで負わされた少年がなぜ再び玉座に座ることができたのでしょうか?

その裏側には、単なる幸運ではない政治的な思惑と彼自身の成長があったと思います。

 

皇籍抹消のお陰で命拾い?

六皇子は憲王に命を狙われ逃げ出し、花芷に保護されました。

第29話で皇帝と対面したものの恐ろしい経験をした六皇子は宮殿に戻るのを拒んで皇帝 顧成燾を怒らせ「皇籍抹消」という厳罰を受けました。

これはもう皇子としての未来を完全に断たれた絶望的な処分に見えます。

でも、血筋そのものが消えるわけではありません。

結果的にドロドロとした権力争いの中心から遠ざける事になりました。ドラマ終盤で後継者争いが起きたときも六皇子は蚊帳の外。

結局、最終回間近の騒動でほとんどの皇族が死亡。正統な血統で生き残ったのは六皇子だけになりました。

顧成燾はそこまで考えたわけでは無いでしょうが、皮肉なことに一度皇籍を外れたことで命が助かったのです。

 

花芷のもとで学んだ「人の心」

身分を失った六皇子を救ったのは花芷でした。彼女と過ごした民間での生活が彼の運命を大きく変えます。

それまでは、ただ大人たちに守られるだけの存在だった少年が花家の人々と苦楽を共にすることで「庶民の暮らし」や「人を信じる温かさ」を知ります。

誰かに守られる安心感を知った彼は、やがて「自分も誰かを守りたい」と願う一人の人間へと成長していったのです。

運命を変えた39話の「意志」

最大の転換点は第39話です。皓月仙師の陰謀を知った花芷たちですが、皇帝に知らせる方法がありません。そんなとき、彼は逃げるのではなく「自分が太后に会いに行く」と自ら決断しました。

民間での生活が、かつての流されるままの六皇子を自分の意志で動ける人間に生地ょさせていました。今度は自分で運命を切り拓こうとする、一人のリーダーとしての目覚めといえるでしょう。

この勇気ある行動が太后の心を動かします。単なる血を分けた子供から「この国を託せる後継者」へと、太后の中での評価が変化した瞬間といえるのではないでしょうか。

最終回、太后が下した「復活の宣言」

そして最終回、皇帝 顧成燾は崩御。恵王も謀反の末に命を落とし。正統な血筋の者がいなくなったかに思えました。

でも太后は力強く「顧氏にはまだ後継ぎがいる」と宣言。六皇子 顧宴昭を復活させました。

皇帝がいない今。太后の言葉は絶対的な力を持ちます。一度名簿から消えた名前も、彼女の呼びかけ一つで書き換えることができるのです。争いで荒れ果てた朝廷に花芷から「生きる知恵」を学び、自らの足で歩む覚悟を決めた新しい王が誕生しました。

 

新しい時代の幕開け

六皇子の即位は決して偶然ではありませんでした。

「身分を奪われる」→「民間での学び」→「自らの決断」→「太后による承認」

といった流れがあったからこそ彼はお飾りではない民の痛みがわかる本物の皇帝になれたのだと思います。

花芷が植えた「自立」という種が皇帝という大きな花を咲かせた。そう考えると、この結末がとても感慨深く感じられるのです。

 

スポンサーリンク

解説:皇籍抹消からの即位は「ご都合主義」か?前漢・宣帝に見る歴史のリアル

「一度は皇族から外された六皇子が最終回で皇帝になるなんてそんなのありえない!」
「ドラマのご都合主義でしょ」

と思う人もいるかも知れません。確かに私も一瞬「えっ?唐突すぎるでしょ」と思いました。

でもよく考えてみれば、中国史には六皇子・顧宴昭と似た境遇の皇帝がいることを思い出しました。

その代表的な例が前漢の第10代皇帝 宣帝(せんてい)です。

 牢獄と民間が育てた「名もなき皇子」

宣帝こと劉詢(りゅうじゅん)の人生はドラマよりも過酷でした。劉詢は7代皇帝武帝の孫。皇太子 劉進の子です。ところが生後まもなく一族の政争に巻き込まれ、家族は処刑。彼自身も赤ん坊ながらに皇族の身分を奪われ、牢獄で育つという境遇に置かれます。

その後、釈放されてからも宮廷に戻ることはなく、一庶民として貧しさの中で成長しました。

名簿の上でも実生活でも彼は長く皇族ではない人間として生きていたのです。

なぜ一度捨てられた者が選ばれたのか

そんな彼がなぜ皇帝として迎えられたのでしょうか。そこには『惜花芷』の六皇子とも重なる理由がありました。

前漢では8代昭帝の死後、一度は劉賀が即位するものの、行ないが悪かったため廃位され。重臣の霍光たちの支持を受けて皇位継承者となりました。このときも上官皇太后の詔を受けて皇族に復帰。その後、皇帝になっています。

中国の王朝社会において、皇籍を外されるのはあくまで政治的な処分に過ぎません。どれほど遠ざけられても、その体に流れる血筋という正統性だけは、誰にも消すことができないのです。

六皇子と宣帝に共通する「王の資質」

六皇子と宣帝を並べてみると、その軌跡は驚くほど一致します。

1. 宮廷から「排除」される
2. 民間で生き、人の温かさと苦しみを知る
3. 政争の果てに「正統の象徴」として呼び戻される

政争の絶えない中国王朝では廃位と復帰が何度も起きてきました。

ドラマの六皇子は花芷のそばで「民の暮らしを知り」「自分の意志で動くこと」を学びました。

六皇子が39話で見せた「自ら太后に会いに行く」という決断も、花芷たちと過ごした日々があったからこそ生まれた、王としての目覚めだったと言えるでしょう。

史実の宣帝は即位後に名君として称えられましたが。彼は民間の苦労を知っていたからこそ、役人の横暴をやめさせたり。高騰していた塩の価格を落ち着かせるなど。いくつかの制作で功績を上げ中興の祖と言われるほどになりました。

 

スポンサーリンク

 結論:歴史が裏付ける「納得の幕切れ」

こうして史実と照らし合わせると、六皇子の即位は決してご都合主義ではないように思えます。

むしろ皇族すら政争で地位を失ったり・また復帰することもある。という中国史の大きな動きを再現した演出といえるのではないでしょうか?

「民間を知る者が、新しい時代の王になる」

そのドラマに歴史という裏付けが加わることで、最終回はより感慨深い物になった気がします。

 

関連記事

『惜花芷』の前後のエピソードや、登場人物・あらすじ一覧ページをまとめています。

物語の流れや背景をもう一度整理したい方はこちらからどうぞ。

 

放送スケジュールはこちらでチェック
BS12公式サイトで放送スケジュールを見る

お屋敷ドラマ
スポンサーリンク
この記事を書いた人

歴史ブロガー・フミヤ

著者 自画像

京都在住。2017年から歴史ブログを運営し、これまでに1500本以上の記事を執筆。50本以上の中国歴史ドラマを視聴し、史実とドラマの違いを正史(『二十四史』『資治通鑑』など)に基づき初心者にもわかりやすく解説しています。

詳しい経歴や執筆方針は プロフィールをご覧ください。

運営者SNS: X(旧Twitter)

この記事が役立った方は、ぜひシェア&ブックマークをお願いします!
フミヤをフォローする
スポンサーリンク

コメント

スポンサーリンク
error: